第45話 死霊術師は迷宮で待ち構える

文字数 2,177文字

 私は迷宮上層へ赴く。
 アンデッドの一体に意識を移し、呼吸もせずに闇に身を委ねる。
 レリオット一行が来るまでは待機だ。
 既に迷宮の準備は完了している。

 私の役目は監視である。
 戦場が下層に移行するまでは、彼らの動向を逐一見張るだけでいい。

 アンデッドへの命令は最低限に留める。
 基本的には自律行動に任せ、命令を要する場合はテテが動かしてもらう。
 彼女の片目は迷宮内のすべてのアンデッドと繋がっている。
 リッチへと変貌して力を増したことで、今や同時に複数の視界を取得可能だった。
 この地下空間にいる限り、テテの目を逃れることはできない。

 それにも関わらず私が間近で監視役となったのは、不測の事態に備えるためだ。
 私という安全装置がいれば、テテも安心してアンデッドをコントロールできるだろう。

 ルシアはいつも通り中層にいる。
 今頃は各地に眷属を配置している頃だろうか。
 彼女の役目は、レリオット一行の戦力を削ぐことに尽きる。
 奇襲を繰り返して彼らの数を減らすだけだ。
 単純明快かつ重要度は高い。

 ルシアにはとにかく死なないことを優先するように伝えてあった。
 いくらルシアと眷属が束になっても、レリオットの殺害は叶わない。

 あの剣聖は優れた才覚に恵まれた英雄だ。
 そして、その才覚を腐らせないだけの鍛練と執念を積み重ねてきた傑物である。
 聖魔術とアンデッドという相性の悪さを抜きにしても、ルシアが倒せる存在ではない。

 故に戦力を削ぐことだけに徹底してもらう。
 取り巻きの聖騎士が減るだけでも十分な戦果だった。
 最終的にレリオットが単騎となっていれば理想である。

 私は周囲に視線を向ける。
 現在、迷宮に冒険者の姿はない。
 レリオットの邪魔にならないよう、今日に限っては迷宮利用を自重しているのだ。
 一部の者がそういった雰囲気を無視して迷宮を訪れていたが、私が出向いて残らず始末させてもらった。
 レリオットの相手をしている間に妙なことをされても面倒だ。
 不確定要素はなるべく無くしておきたかった。

 そうして迷宮の静寂に包まれること暫し。
 ついにレリオット一行がやってきた。
 彼らは入口の階段を下りて姿を現す。

 階段は冒険者の誰かが土魔術で形成したものだ。
 他にもこの付近には光源となる魔道具が埋め込まれていたり、戦いやすくするための整地が行われていた。
 排除してもよかったが、せっかく冒険者が用意したものなので残している。
 こういった設備がある方が迷宮が利用されやすい。
 それに、最上層をいくら改良されても不都合は生じない。

「いきなり不死者がいるじゃないか」

 レリオットの声が聞こえた。
 次の瞬間、聖騎士の一人が光の矢を放つ。

 赤熱した鉄を押し込まれたような感覚が頭部を襲う。
 矢は私の額を貫通し、頭蓋と脳を蹂躙した。
 暗転する視界。
 私は天井に潜む別のアンデッドに憑依する。

 いきなりやられた。
 気配は殺していたつもりだったが、あっさりと察知されてしまった。
 向こうは戦いの玄人なので当然か。
 私の技量など素人の域を出ない。
 純粋な実力では、一般的な冒険者にも劣る。
 残念ながらそういった才能にはとことん恵まれていなかった。

 私は天井から目だけを覗かせる。
 前方にレリオット一行が見えた。
 そこへ無数のアンデッドたちが殺到する。

 アンデッドは身を焼かれながら接近を試みる。
 既に聖魔術が起動しているらしい。
 下位のアンデッドは近付くだけで影響を受ける。
 天井に潜むこの肉体も、微妙に動きが悪かった。

 弱ったアンデッドたちは、聖騎士たちによって次々と浄化されていく。
 彼らの持つ剣にも聖魔術が付与されていた。
 アンデッドを切り裂いたそばから致命的な力を流し込む。
 聖騎士たちは着々と歩を進める。

 剣聖レリオットは、聖騎士たちの中央にいた。
 彼は剣を構えていない。
 少しでも体力を温存するつもりなのだろう。
 アンデッドの討伐は聖騎士に一任していた。
 自分が出る幕もない、と部下を信頼しているらしい。

 確かにこの戦力なら中層までは無敵に等しい。
 並のアンデッドでは近付いた時点で焼け爛れ、弱ったところを斬り伏せられるだけなのだから。
 離れたところで聖魔術の矢で射抜かれる。
 まさに鉄壁の布陣であった。

 一行の観察を続けているうちに、肉体の爛れの悪化が酷くなってきた。
 片目が眼窩からこぼれ落ち、指もぐずぐずに溶けて骨が見え隠れしている。
 仕方ないので私は、少し離れた地点のアンデッドに切り替えて監視を続行する。

 アンデッドたちは散発的な襲撃を繰り返していた。
 彼らに恐怖は無く、本能に従ってレリオットたちに襲いかかる。
 迷宮内にはまだまだ多数のアンデッドが潜伏している。
 最上層に控える彼らは、ほとんど使い捨てに近い。
 僅かにでも聖騎士たちを消耗させられればいい。

 現段階では殺傷が目的ではなかった。
 迷宮の本領はまだ先にある。
 一見すると迷宮側が劣勢を強いられているが、これも少しの辛抱だ。

 順調に突き進む剣聖と聖騎士の姿に、私はただ監視だけを続けた。
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