第41話 死霊術師は剣聖の到来に気付く

文字数 2,008文字

 三日後。
 いつも通り診療所にいると、外からざわめきが聞こえてきた。
 何やら騒ぎが起こっている様子だ。
 リセナがそわそわとしているので声をかけてやる。

「見てくるかい」

「あの、いいんですか?」

「もちろん。それくらい気にしないでいい」

「ありがとうございます!」

 颯爽と走り去ったリセナを見送り、私は書類を整理する。
 実を言うと騒ぎの原因は既に分かっていた。
 先ほどから聖気が肌をひりつかせているこの空気。
 かつて聖女と対峙した時の感覚と似ていた。
 不死者が本能的に避ける気配である。

 少しするとリセナが戻ってきた。
 彼女は興奮気味に説明する。

「剣聖様が来られたみたいです! 噂は本当だったのですね……!」

「随分と人気のようだね」

「あの剣聖レリオット・クロムハート様ですから。誰もが一目見たいと思うのも当然です。先生はご興味ないのですか?」

 リセナは不思議そうに首を傾げる。
 私は苦笑した。

「そういうわけではないが、私は色々と疎いんだ。剣聖の話も最近知ったくらいでね」

 世事に疎いのは事実だ。
 あまり調べようという意欲が湧かないのである。

 死を失ったことで、人間的な感情が欠落している自覚があった。
 寿命というのは存外に大切な機能なのだ。
 不死者は摂理に反している。
 本来はあってはならない状態に違いない。

 もっとも、私はそれを理解した上で存在していた。
 開拓村の発展という強い目的意識がある。
 倫理に傾聴している場合ではない。

 私はポーションの整理を進める一方で考える。
 剣聖が開拓村にやってきたのは、間違いなく迷宮攻略のためだろう。

 クロムハート家はアンデッドを嫌っている。
 アンデッドが跋扈する迷宮を黙認するはずがない。
 周りの損得勘定を抜きにして迷宮を破壊する恐れがあった。
 彼らなら十分にありえる。

 迷宮は最下層にて専用の魔術を使うと封印できる。
 封印した状態で破壊してしまえば自然と朽ちてゆく。
 準備に手間がかかる上、迷宮の活動を停止させたい者が皆無のため、ほとんど使われない技術である。
 しかし、クロムハートの人間なら知っていてもおかしくない。

 彼らがアンデッド撲滅にかける熱意は本物だ。
 もはや狂気に等しい。
 以前に戦ったクロムハート姓の者は、私を親の仇のように憎んでいた。
 それが初対面で、互いに何の接点も無かったにも関わらずである。

 血統そのものが呪われているといえよう。
 脈々と受け継がれてきた聖騎士の役目が、アンデッドへの憎悪を焚き付けているのだ。
 ある種の業や宿命と言い換えられる。
 彼らはアンデッドを滅するためなら手段を選ばない。
 その非情に徹する精神力が英雄の素質とも言えるが、敵対する私にとってはひたすら迷惑であった。

 今代も同じような性質の者だろう。
 この村へやってきた時点で、迷宮に干渉する気があるということなのだから。

 どれだけ崇高な動機であれ、剣聖が迷宮へ赴くのは不利益を生む。
 迷宮が無くなれば、たちまち開拓村の発展は停滞してしまう。
 現状、この村の存在価値は迷宮に依存していた。
 唯一の特徴を失えば必ず衰退し、遠くないうちに廃村となるだろう。

 そのような展開は私が絶対に阻止する。
 この三日で迷宮にも様々な改良を施した。
 既に準備は完了している。

 二人の協力者もそれぞれ特訓していた。
 テテはアンデッドを強化する死霊魔術を伝え、ルシアは吸血鬼の特殊能力を新たに習得した。
 二人とも覚悟を決め、迷宮に棲む者として剣聖と戦うつもりらしい。

 悪くない心意気である。
 怯えるようなら居住区で大人しくしてもらう予定だった。
 相手が相手だ。
 無理して戦うこともない。
 半端な心持ちで挑むべき存在ではない。

 ただ、彼女たちは戦うと決めた。
 私はその勇気を尊重し、支持する。

 決戦は間近だ。
 直前まで存分に訓練してもらおう。

 その時、診療所の出入り口の扉がノックされた。
 私は意識を戻してそちらを見る。

「失礼します」

 落ち着いた声音。
 爽やかな青年のものだ。
 肌のひりつきが一気に強まる。
 そのかたわらで扉が開く。

 現れたのは金髪の青年だった。
 白亜の鎧に身を包み、腰には剣を吊るしている。

「えっ、あれ……!?」

 リセナが口を開いたまま硬直する。
 その場にいた他の看護師や患者も固まっていた。
 場に驚愕の空気が満ちる。

 無数の視線に晒される青年は、申し訳なさそうに頭を下げる。

「お騒がせしてすみません……僕はレリオット・クロムハートといいます。ここの責任者の方ですよね。少しお時間をよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」

 私は微笑を以て答えた。
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