第44話 死霊術師は剣聖と敵対する

文字数 2,271文字

 それから数日は水面下での攻防戦が続いた。
 レリオットは何かと街を巡回していた。
 開拓村にアンデッドが潜んでいないかを調査していたのだろう。

 時折、祝福を受けたと自慢する村人や冒険者の話を聞く。
 複数の候補が挙がっているようだ。
 見境が無いように見えるが、レリオットの中では一定の基準があるのだろう。
 私もその中に選ばれていたというわけである。

 迷宮攻略に備えた情報収集と称して、レリオットは診療所にも何度か訪れた。
 世間話をしながらも、私のことを観察していた。
 ただ、行動に移さない。
 アンデッドだと確信するには至っていないのだ。
 それも当然の話である。
 何の証拠もないのだから。

 レリオットも英雄だ。
 さすがに罪なき人間を殺傷するリスクは考慮しているのだろう。
 故に私がアンデッドだと断定できない限りは攻撃できない。
 直感だけで私の正体を確信したルシアが特殊な例だった。

 一方、私は剣聖による監視の目を抜けて迷宮の調整を行っている。
 とにかく下層の強化を進めなければならない。
 上層や中層は冒険者が利用している。
 適度な数の死者を出しつつ、それなりの稼ぎを彼らに提供できていた。
 実にちょうどいい塩梅で運営されている。

 最近ではテテに任せているが、特に問題は起きていない。
 既に彼女は、迷宮の主に相応しい采配を振るっていた。
 天性の才能を有していたのか、或いは環境が彼女の急成長を促したのか。
 どちらにしろ、嬉しい誤算には違いなかった。

 ルシアも着々と力を付けている。
 冒険者の間では"鎌を扱う仮面の吸血鬼"として有名だ。
 生前に使っていた杖の代わりに指輪を魔術の補助具とし、様々な特殊能力を用いて冒険者を翻弄している。
 時に吸血して眷属に増やしていた。
 質と量共に、迷宮内でも屈指の勢力となりつつある。

 これだけ厄介だと冒険者からは煙たがられそうなものだが、実情はかなり違う。
 吸血鬼の素材を目当てとする冒険者が続出しているのだ。
 生け捕りを目論む者も珍しくない。
 おそらくは奴隷商からの依頼だろう。

 吸血鬼の奴隷など、闇市に出せば莫大な金になる。
 まさに一獲千金。
 下手な財宝よりも儲けられる。
 そういった者たちのおかげで、迷宮の価値は上昇の一途を辿っていた。
 戦力としてはもちろん、魅力的な広告塔としてもルシアは活躍している。

 そうして順調に迷宮運営を続けていると、レリオットがついに迷宮へ挑戦するという話が耳に入った。
 すぐに向かってみれば、村の一角には人だかりができていた。
 中央にはレリオットがいる。
 彼は二十人ほどの部下を引き連れている。
 どうやら全員が聖騎士のようだ。
 精鋭揃いで、高水準なパーティであることは明らかだった。

 レリオット一行は、村人や冒険者から激励を受けていた。
 場は大盛り上がりだ。
 まさかレリオットが迷宮を破壊するつもりだとは知るまい。
 ただ単純にアンデッドを倒して大量の素材を持ってくる程度の認識なのだろう。

 私はその様子を遠巻きに眺める。

 ここ数日、レリオットが放ったと思しき斥候が何度か迷宮下層へ来ていた。
 攻略に有利な要素を知るための事前調査だろう。
 もちろん残らず始末した。
 現在は迷宮のアンデッドの一部となって活動している。
 アンデッド化を阻害する聖魔術を施されていたが、難なく解除できた。

 したがってレリオットには、迷宮下層の情報は渡っていないはずだった。
 下層から生還した冒険者もいない。
 それなのに出発を決行したということは、事前調査を諦めたということだろう。
 確かにこれだけの戦力なら、並大抵のアンデッドを容易に殲滅できる。
 用心深くならずとも押し切れるに違いない。

 その時、こちらを向いたレリオットと目が合う。
 ほんの一瞬のことだったが、彼の瞳の奥には底なしの執念が窺えた。
 未だに私への疑念が晴れていないようだ。

 やはりレリオットの血統が薄々ながらも正体に勘付いているのか。
 なんとも厄介な一族だ。
 私はただ開拓村をよりよい場所にしたいだけだというのに、なぜ邪魔をするのだろう。

「先生、どうかしましたか?」

 隣にいるリセナが尋ねてきた。
 少し心配そうな表情をしている。

 私は微笑して首を振る。

「いや、なんでもないよ。迷宮へ赴く剣聖を見て、私も頑張ろうと思っただけさ」

「先生はいつも頑張られていますよ! 色んな人たちが先生に助けられています!」

 リセナは真剣な眼差しで励ましの言葉をくれた。
 落ち込んでいると思われたのだろうか。
 そんなつもりはなかったのだが。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「いえいえ! 今日は私たちが働きますから、先生はごゆっくりなさってください」

「すまないね。明日から頑張るよ」

 そう言って私は踵を返して自宅へと向かう。
 今日は丸一日休みを取っていた。
 レリオットの対応に専念するためだ。
 さすがに片手間では行えない。

 私が休むと言うと、診療所の人々は歓迎してくれた。
 ほとんど休まずに働く私を前々から心配していたらしい。
 なんとも優しい人々だ。

 やはり開拓村は素晴らしい場所である。
 彼らの善意に報わなければ。
 それが私にだけ可能な貢献と恩返しと言える。

 死霊術師の力の見せどころであった。
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