第11話 死霊術師は指導する

文字数 2,507文字

 翌日、私は自宅で朝食を作っていた。
 今日は野菜炒めに挑戦している。
 材料はほとんど貰い物だった。
 外出のたびに誰かから貰っている気がする。
 医者としての私は、よほど感謝されているようだ。
 実に嬉しい話である。

 死霊術師として裏で貢献できることにも満足しているが、働きの対価が善意となって返ってくることも喜びを感じていた。
 こんな私にも村人たちは優しく接してくれる。

 開拓村は素晴らしい場所だ。
 何度考えても不変の事実であった。
 そこに所属できていることに、この上ない感謝の念を覚える。

 我が身の幸運を噛み締めながら、私は料理を続ける。
 野菜をざっくりと切って、味付けも念入りに行う。
 入れ間違いには特に注意した。
 いつも味付けでミスを起こすのだ。

 別に食事をせずとも餓死するわけではないが、人間として違和感なく暮らすために習慣づけている。
 私は開拓村に住む一人の医者だ。
 それを忘れてはならない。

 やがて料理は完成した。
 見た目は問題ない。
 私はそれを皿に盛って食べた。
 何度か咀嚼してから飲み込む。

 ……明らかに塩辛い。
 まるで海水に浸したような味だった。
 どうやら分量を間違えたようだ。

 とは言え、食べられないほどではない。
 私は手を止めずに黙々と食べ進めていく。

 捨てるのはもったいない。
 これをくれた村人たちにも失礼だろう。
 そのまま口に運び続けて、私は野菜炒めを完食した。
 私は後片付けをしつつ、昨夜の出来事を振り返る。

 テテは人工迷宮の最深部に置いてきた。
 世話はアンデッドに任せている。
 彼らがテテを襲うことは絶対にない。
 それどころか、テテの衣食住のために働くように命令を設定しておいた。

 数を揃えたアンデッドは、付近の動物や魔物を狩り、果物も採取できる。
 水源も近くにあったはずなので水の不足もない。

 もし私が不在中に巣が迷宮化して魔物が自然発生した場合の対策も打ってあった。
 あの巣には、私が死霊術で細工を施した。
 発生する魔物が強制的にアンデッドになるようにしている。

 一方でテテには、アンデッドに襲われない術式を施した。
 今後、どれだけ魔物が発生しても、彼女に危険は及ばない。
 むしろ無数のアンデッドがテテを守ることになるので、身の安全がより強固なものになるだろう。

 もちろんただの過保護というわけではなく、アンデッド達にはテテが逃げ出さないように見張る役目もある。
 勝手に迷宮を離れられると不都合が生じるのだ。
 もっとも、あの様子なら怖気づいて裏切るということもなさそうだが。
 昨夜、テテは嬉々として迷宮内を探検していた。
 今も快適に過ごしているかもしれない。

 これから毎夜、テテのことは見に行くつもりだった。
 彼女には迷宮の監督を任せる予定だ。

 私は開拓村で引き続き"処理"を行わなければならない。
 同時進行で迷宮の管理を行うのは大変なので代行する人間がいると助かる。

 生に執着していないためか、テテは年齢に反して落ち着き払っていた。
 あれならば、迷宮の管理もできるに違いない。
 難しそうなら始末するだけだ。

 迷宮の管理諸々を加味しても、彼女の死は大したデメリットではない。
 いれば便利だが、必死になって確保すべき人材でもなかった。

 諸々の考え事をしていると玄関扉がノックされた。
 すぐに歩み寄って扉を開ける。
 そこにはリセナが立っていた。

「先生、おはようございます。昨日は本当にありがとうございました。今は父がルイの看護をしていますが、意識もはっきりして元気みたいです」

「なるほど。それは良かったよ」

 リセナは改めて礼を言いに来たらしい。
 いつもながら律儀な娘である。

 そんかリセナは何か決意したような表情をしていた。
 雰囲気も固い。
 ただ、言い出そうか迷っている様子だった。

「他に用事があるんじゃないかな。だいぶ思い詰めているようだけど」

 私がそう促すと、意を決したリセナは頭を下げて懇願する。

「……はい。図々しいのは承知ですが、回復魔術を教えていただけませんか? 昨日みたいに、何もできないのは嫌なんです。私の手で救えるようになりたいのです」

 私はリセナの心意気に胸を打たれる。
 彼女なりに学び、成長しようとしている。

 回復魔術の使い手が増えるのもいいことだ。
 現在、開拓村には私しかいない。
 そんな私も、厳密には死霊魔術による治療である。
 したがって開拓村には、正規の回復魔術の使い手は一人もいなかった。
 有用な技能を持つ人間は多いに越したことはない。

 ただし、魔術は難しい上に才能にも依存する。
 個人の素質によって扱える魔術の種類が限られるのだ。
 よほど偏った適性でなければ回復魔術は使えるだろうが、私のように一点特化の例もある。
 魔術の習得にあたって、その辺りは調べておかねばならないだろう。

 もっとも、私には適性を調べる術がない。
 大きな街で専門の魔術師に頼むか、魔道具を使う必要があった。
 どのみちこの場ですぐに分かるものではなかった。

 私はリセナを連れて併設の診療所へ移動する。
 そこで彼女に説明をした。

「魔術の会得は難しい。治療能力が欲しいのなら、まずはポーションの調合から学ぶべきだと私は思う。調合の知識は無駄にはならない。私も回復魔術とポーションを併用しているからね。それなら協力できそうだけど、どうだろう」

「はい、それでお願いします!」

 真剣な表情で頷いてみせた。
 やる気も十分である。
 これならすぐに覚えられるだろう。

 私はさっそく今から調合の指導をすることにした。
 午後の診療まではまだ余裕がある。
 調合用の機材と材料を机に並べていく。

「最初は難しいと思うけど、段々と慣れるはずだから頑張ろう」

「よろしくお願いします!」

 こうして私は、ポーション調合の指導を開始した。
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