第3話 死霊術師は奇襲する

文字数 2,452文字

 夜が訪れた。
 役目を果たす時間だ。

 私は目を閉じて意識を集中し、体内で術式を起動する。
 次の瞬間には土の中で目覚める、

 身体の芯まで凍るような冷たさだった。
 おまけに土が湿っている。
 夜間ということもあって気温が下がっているようだ。

 私は地上へと這い出た。
 土を払ってローブを着直す。

 周囲には鬱蒼とした森が広がっていた。
 葉の隙間から月光が差す。

 ここは日中にリセナと薬草を採集した場所のすぐ近くだ。
 昨晩の失敗を踏まえて、死体の位置を変えたのである。
 ここなら簡単には目撃されない。

 隣には嫌われ者ザルフの死体を埋めてあった。
 この肉体が使えなくなった時の代わりだ。
 他にもあちこちに予備を用意しているが、ストックは多いに越したことはない。

 今宵の標的は、村長の甥だった。
 名前はジェフ。
 村の自警団に属する青年だが、粗暴な性格と酒癖の悪さで有名であった。

 酒場でも頻繁に喧嘩をしているらしい。
 最近では村の若い女を口説いては断られ、仲間連中に八つ当たりしているという噂も流れている。

 そういえば、リセナも迫られて迷惑だと昼間に愚痴っていた。
 ちょうどよかった。
 これで彼女も悩まされずに済むだろう。

 厄介者が消えることで、村がさらに良い場所になる。
 それは素晴らしいことだった。

 私は埋めていた包丁を手に取る。
 昨晩にザルフを殺すのに用いた凶器だ。

 相手は自警団の中でも実力者である。
 腕っ節は強い。
 最低限の術式のみを埋め込んだこの肉体では、真っ向からの対決だと厳しいかもしれない。

 とは言え、不意を突けばその限りでもない。
 昨晩のザルフのように隙だらけなら簡単だった。

 移動しようとした私は、足元に生える草に注目する。
 それは毒草だった。
 即効性の軽い麻痺症状を誘発するものだ。

 麻痺毒は加熱すると分解されるので、食肉用の獲物に使っても問題ないため、日々の狩りにも重宝されている。
 余談だが、リセナの採取した薬草の中にも混ざっていた。
 調合の際は取り除かねばならない。

 私は包丁の刃に毒草を擦り付けて、潰れた破片を付着させる。
 かなり大雑把なやり方だが、これでも麻痺効果は望める。
 役に立つか分からないものの、使っておいて損はない。

 私は森を出てジェフの家を目指す。
 涼やかで気持ちのいい夜だった。
 ジェフの家までは、ここからほど近い場所にある。
 フードを目深に被り、目撃されないように気を付けながら村の中を進んだ。

 ジェフの家に近くなってきた頃、前方から男声による歌が聞こえてくる。
 所々の調子が外れた、お世辞にも上手くない歌だ。

 私は物陰に身を潜ませる。
 一切の動きを止めて、歌のする方向を凝視した。

 闇夜をふら付きながら闊歩するのは、恰幅のいい青年。
 ジェフその人であった。

 彼は赤ら顔で機嫌よく歌っている。
 泥酔しているようだ。
 方角から考えるに、酒場からの帰り道といったところか。

 同行者はいない。
 ちょうどよかった。
 無用な犠牲者を出さずに済む。

 私はジェフに察知されないように気を付けながら移動して、彼の自宅へと先回りした。
 すぐそばに潜伏して襲撃の機会に備える。

 少しするとジェフがやってきた。
 自宅の扉の鍵を開けた彼は、ふらりと室内へ入る。

 私はそのタイミングで駆け出した。
 音を立てずに接近し、閉まりかけた扉を掴んで止める。

 ジェフがこちらを怪訝な表情で睨んできた。

「んぁ? てめぇ、誰だ」

 フードのせいで人相を確認できていないようだ。
 酔いのせいもあるだろう。

 私は無言で包丁を突き出す。
 狙うは首だ。

「おぅあっ!?」

 ジェフが寸前で腕を振るって妨害してくる。
 刺突は彼の手の甲を抉った。

 踏み込みが甘かったらしい。
 それに彼の反射神経も良かった。
 泥酔しても、自警団で培った戦闘技術は健在のようだ。

 顔を顰めるジェフは、手を押さえながら後退する。
 滴る鮮血。
 目まぐるしく動く視線は、何らかの武器を探していた。

 私は扉を閉めながら自宅へ浸入する。
 不意打ちで仕留められなかったのは失敗だ。
 反撃を受ける前に始末せねば。

「おい! なんだお前――」

 吼えるジェフを無視して、私は突進する。
 彼が少しでも時間を稼ごうとしているのは明白だった。

 ジェフは無事な手で殴りかかってくる。
 ごつごつとした拳が、私の顔面に炸裂した。

 片目が潰される感覚。
 遠慮のない殴打であった。
 だが、私には何の意味を為さない。

 私は気にせず包丁を振るい、ジェフの胸に突き刺す。
 ちょうど心臓を貫く位置だった。

「ガッハ……!?」

 ジェフは吐血し、よろけて尻餅を突いた。
 苦しげに胸を押さえて、懸命に血を止めようとしている。
 無駄な努力であった。
 もう助からない。

「……ぁっ、いぃ……」

 ジェフは奇妙な声を上げて、仰向けに倒れ込んだ。
 胸の傷だけでなく、麻痺毒も回ってきたらしい。
 舌も満足に回っていないようだった。

 そのまま少し待つと、ジェフは苦しみながら事切れる。
 じわじわと広がる血液が床を染め上げていった。

 私は殴られた箇所に触れる。
 眼窩が割れて目玉が陥没していた。
 加えて視野の半分ほどに闇が差している。

 とは言え、この程度の損傷など無きに等しい。
 死霊魔術で調整すれば、いくらでも解決可能だった。
 たとえ全身が白骨化していても、何の支障もなく五感を再現できる。

 私は包丁を片手に、ジェフの死体を引きずって外に出た。
 少し重たい。
 これを埋めるのには苦労しそうだ。
 とにかく誰にも見られないようにしなければ。

 月明かりに照らされながら、私は森を目指して歩き始めた。
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