第23話 死霊術師は懇願される

文字数 2,409文字

「アンデッド、ですか。生憎と私は冗談に疎い性質でして……」

「誤魔化しても無駄だ。もう分かっている」

 私は苦笑しながらやんわりと否定するも、ルシアは淡々と断言する。
 そこに付け入るだけの隙は無かった。
 確かに誤魔化しは効かないようだ。

 なぜ気付かれたのだろう。
 隠蔽は完璧のはずだ。
 肉体の調整も欠かしていない。
 あらゆる感知能力でも、私が人間でないことは分からない。

 ルシアの口ぶりから考えるに、彼女は何らかの確信を持って私を呼び出した。
 相応の理由を用意しているのだろう。
 でなければ、人間ではないという結論には達さない。

 私はあくまでも冷静に尋ねる。

「根拠はあるのですか」

「あんたの目は、人間離れしている。本質的に他人を見ていない。芯まで冷めながらも、どこか狂った熱望を秘めているんだ」

 ルシアは私に向けて指を突き付けた。
 彼女の鼻が少しひくつく。
 何かを嗅ぐような動作だった。

「そして、あんたからは恐怖の香りがしない。生物なら絶対に持ち合わせている感情だ。それが欠片も無い。死と恐怖を克服した存在――たぶんアンデッドだろう? 高位のアンデッドなら、外見が人間と大差ない者もいる。あの迷宮には大量のアンデッドがいたし……もしかして関係者か何かなんじゃないか?」

「…………」

 私は沈黙する。
 それが答えのようなものだった。

 驚いた。
 まさかそこまで看破されるとは。

 彼女の指摘に、論理的な根拠はない。
 ほとんど直感である。
 だが、的確に真実を射ているのだから侮れない。
 そしてルシア自身も、その直感に絶対の信頼を置いて断言している。

 さすがにこういった第六感への対策は打ちようがなかった。
 なるべく違和感がないように振る舞ってきたつもりだが、ここまで完璧に正体を暴かれるのは初めての経験だ。
 長く生きていると、特殊な才覚を持つ人間と出会う。
 よりによってこの状況という辺りには、運命の皮肉を感じざるを得なかった。

「他の人間はまず気付かないだろうが、あたしは人間観察が趣味なんだ。他者の恐怖が好物でね。冒険者をやっているのも、そういった感情に出会える機会が多いからだ。本音を言うと、人間を殺し回って恐怖を堪能したい。だけどそれは難しい。私だって命は惜しいんだ」

 ルシアは興奮気味に独白する。
 その内容は本心の吐露。

 彼女はただの冒険者ではなかった。
 明らかな異常者……それも筋金入りだ。
 本人は恐怖の搾取を動機とするが、立派な殺人狂の素質を持っている。

 こういう人間を何度か見たことがあった。
 特に戦場で散見される。

 よくよく確かめると、ルシアの魂は淀み切っていた。
 瘴気の溜まり方も生身の人間とは思えない。
 ごく稀にいるタイプだ。
 精神の極端な歪みから魂までもが汚染されている。
 それを基にした特殊感覚が、直感という形で私の正体を探知したのだろう。

 厄介な存在だ。
 こういうイレギュラーな存在は調和を乱す。
 事前の対策が困難なこともあり、非常に面倒な人種であった。

 さすがにもう騙せない。
 私は微笑を消して無表情になり、偽りの態度を崩した。

「――よく、分かったね。驚いたよ」

「あたしも最初は半信半疑だったが、徐々に確信を抱いたんだ。物静かで済ますには、あんたの気配は異質すぎる」

 会話しつつ、私は思考を巡らせる。

 どうしたものか。
 正体を知られたからには"処理"するしかない。
 このまま放っておくなど論外だった。

 しかし、懸念が残る。
 私の正体をルシアが仲間に伝えている可能性だ。
 そうでなくとも、ここへ来る前に保険をかけている恐れがある。
 "もし自分が村で死んだり、行方不明になったら医者を疑え"といったことを彼女が仲間に言っていた場合も考えられる。
 ここで不用意に手出しするのは危険だろう。
 ルシアは私の正体を知った上で接触してきたのだ。
 そういった策を打ってきたとしても何らおかしくない。

 いっそ夜明けまでに冒険者を皆殺しにするという手もある。
 それなら懸念事項も打ち消せる。
 死体を偽装すれば、彼らが迷宮での怪我が原因で死んだようにも見せかけられる。
 やや不自然に思われるかもしれないものの、証拠さえ残さなければいい。

 冒険者たちにはギルドに迷宮の報告をしてもらうつもりだったが、こうなると話が違ってくる。
 私の正体が露呈しないことが最優先だった。
 迷宮の存在は既に村人に広まっている。 
 放っておいても、村長辺りがギルドに報告するだろう。
 迷宮内の詳細な情報が届かないことになるが、許容範囲とも言える。
 私の正体が暴かれるリスクを背負い続けるよりは良い。

 考えはまとまった。
 予想外の手間が増えたものの、まだ修正が可能な段階だ。
 冒険者を残らず死体にしてしまえば解決である。
 それも早く済ませた方がいい。

 まずはルシアをこの場で殺害しよう。
 そのまま診療所へ赴き、眠っているであろう冒険者を始末する。
 気化させた猛毒を充満させれば、音もなく殺害できる。

 結論に至った私は、体内で術式を構成していく。
 即座にルシアを殺せるようにした。

 その時、ルシアが口を開いた。

「あんたに一つ、頼みがある」

「何かな。遺言くらいなら仲間に伝えるが」

「…………っ」

 ルシアは息を呑む。
 彼女は後ずさりそうになって、寸前で留まる。
 その表情はなぜか、蕩けるような笑みを湛えていた。
 笑みはすぐに消えるも、余韻のような雰囲気が残っている。

 私がその真意について考える前に、ルシアは頭を下げた。

「――あたしを、アンデッドにしてほしい」
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