第6話 死霊術師は冒険者を利用する

文字数 2,532文字

 その後、これといった問題もなく、私は冒険者達を全滅させた。

 滞りなく始末できたのは、彼らが攻撃を躊躇したのが大きい。
 仲間だったものに刃を向けることに抵抗があったようだ。

 途中からは反撃もされたが、こちらは不死性を持つアンデッドである。
 たとえ心臓を貫かれても、支障なく活動可能だ。
 脳を潰されるとリンクが途切れるが、すぐに他の死体へ移ればいい。
 予め術式を工夫すれば、この欠点すらも克服できる。
 最終的には、森の中に待機させていた死体を呼び寄せて、冒険者達に群がらせることで解決した。

 いくら不十分な備えとは言え、この規模の相手なら対処も簡単だ。
 たとえ数が十倍になろうとも、同じような手法で片付けられる。

 私は無数の死体を引き連れて移動する。
 殺したばかりの冒険者達も、自ら歩いて追従している。
 森の外縁部に近いところまで赴き、冒険者の死体と遺品だけを置いておく。

 その際、死霊魔術を解いて術式を抹消するのを忘れない。
 可能性は低いが、死体を解析されると施した術を看破される恐れがある。
 少しでもリスクは減らしておく。
 何が正体の発覚を招くか分からない。

 私は木々の間に放置された冒険者達の死体を一瞥する。
 無惨に食い散らかされた状態だ。
 装備類がなければ、ただの肉塊に過ぎない。

 ここならば、森へ狩りに来た村人が発見するはずだろう。
 ただし、死体のうち二つほどは、少し離れた地点に埋めて隠す。
 私のストックに使う。
 こちらは術式も消さない。
 たとえ放置して白骨化しても、スケルトンとして使えるので問題ない。

 それとミスリードのための工作だ。
 発見されない冒険者を出しておけば、その人物たちは死体との関与を疑われる。
 必然的に私の犯行であることが露呈しにくくなる。

 もっとも、死体の損壊がこれだけ酷ければ、魔物に襲われたと判断されるだろう。
 何にしろ私の仕業と判明することはまずあるまい。

 元村人の死体を連れて、私は森の奥へと歩いていく。
 今日の仕事はこれで終わりだ。
 あとは使った死体を各地に潜伏させるだけである。

 そして翌朝。
 診療中の世間話で、冒険者の死体が見つかった旨の噂を聞いた。
 朝の巡回を行っていた自警団が発見らしい。
 村人達は、遺品を集めて大喜びしているそうだ。

 特殊な事情が無い限り、遺品は拾った者に所有権が移る。
 今回の場合は村の私産になるのだ。
 私の狙い通りである。

 これで村も多少は潤う。
 遺品の一部を街で売り、それで得た金で食糧を買い込むことで、越冬への備えとできる。

 その代わり、冒険者たちの死体は村人の手によって丁寧に埋葬される。
 彼らの所属先である冒険者ギルドにも連絡がいくだろう。

 もっとも、調査したところで私に繋がる手掛かりなど見つかるまい。
 あらゆる魔術体系を考慮して証拠を消してある。

 一応、監視はしておこう。
 ギルド側の人間が村の安寧を乱すのならば、私が"処理"を施すまでだ。

 そういった出来事がありつつも、開拓村の日常は続く。
 医者である私は、村の南部に赴いていた。

 そこには家屋の建築現場がある。
 今日はここへ疲労回復用のポーションを届けに来たのだ。
 これも医者の仕事の一つであった。

「いやぁ、いつも助かるよ。先生のポーションはよく効くからな。礼と言っちゃあなんだが、近いうちに酒場で奢らせてくれ」

 建築作業の休憩中、大工の頭が話しかけてきた。
 私は顔に微笑を張り付けて答える。

「ええ。その際はよろしくお願いします」

 夜間はあまり予定を入れたくないが、それを希望されれば仕方ない。
 彼の善意と幸福が村を形成する。
 その一因となれることは、私にとっても喜ばしいことであった。

 私の返答に気を良くした大工は、しみじみと語る。

「この村も段々と発展してきたよなぁ。よそからの移住を希望する奴だっている。そのために、こうして新しい家を建てているわけだしな……皆が協力して作り上げているんだ。もちろん先生のおかげでもあるさ」

「素晴らしいことですね」

「ああ。これからもっと発展していくだろう。それこそ、俺や先生が死んじまった後も、この村は受け継がれて、歴史を刻んでいく」

 大工の力強い言葉に、私は頷くことで同感を示す。
 唯一、私の死に関しては訂正すべきだが、もちろん真実を話すわけにもいかないので触れないでおく。
 もし目の前の大工の孫がその孫と語らう時代になろうとも、私は変わらず存在しているだろう。

「…………」

 私は大工の言葉を反芻する。

 開拓村の規模が大きくなるのは歓迎だった。
 ここがよりよい場所になってくれれば、私としては嬉しい限りである。
 村で暮らす人々には、さらなる幸福の中で過ごしてほしい。

 ただ、懸念事項も無視できない。
 母数が増えれば、それだけ不穏分子が混入する確率も上昇する。
 間違いなく村を害する人間が出てくるだろう。

 その時は私の出番だ。
 死霊術師としての力を存分に振るってみせよう。
 邪魔者はどんな手段を使ってでも排除する。

 現状、村の改善作業は順調だった。
 着々とよりよいものへと変化を遂げている。
 これからも私は、人知れず村の発展に貢献するつもりであった。

 医者と死霊術師。
 二つの顔を使い分けて、私は存在する。

 やがて休憩時間が終了し、大工たちは作業に戻っていった。

 ポーションは既に渡したので、私の役目は済んでいる。
 このまま自宅へ帰ってもいいが、村に新たな家屋ができる光景には興味がある。
 邪魔にならない位置でなんとなしに建築作業を眺めていると、後方から人の息遣いが聞こえてきた。

 振り向くと、リセナがこちらへ走ってくるのが見える。
 随分と息を切らしている上、慌てた様子だった。
 彼女は倒れそうになりながら私の前まで来ると、泣きそうな顔で叫ぶ。

「弟が、魔物に襲われて大怪我をしたんです……先生、助けてくださいっ!」
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