第4話 死霊術師は妙案を閃く

文字数 2,800文字

 翌日、開拓村は朝から騒ぎになっていた。
 もちろんジェフの失踪の件である。

 死体は見つかっていないものの、自宅に残された血だまりが明らかな殺人であることを物語っていた。
 ジェフの怒鳴り声を聞いた者もいたそうだ。

 さすがに村長の親類が殺されたとなれば問題にもなる。
 今までもそれなりの数を始末してきたが、ここまで事が大きくなるのは初めてだ。
 村の中で力を持たない者を狙ってきたのが主な要因だろう。

 それに開拓村の人間が夜逃げするのも珍しくない。
 不安定な生活に嫌気が差すと、そういった者が出てくる。
 私がこの村に来てからも、何人かが貧窮に耐えかねて去っていったらしい。

 ちなみに此度のジェフ失踪に関して、私の関与を疑う声はない。
 失踪者は私が来る以前からいたそうだし、私では甥をどうにかする手段はないと思われている。

 私は細身の体格だ。
 貧弱とまではいかないまでも、身体は鍛えていないので屈強とは言い難い。
 実際、純粋な身体能力は人並みであった。
 村の自警団や狩人達と比較すれば、明白に劣っているだろう。

 回復魔術と調合技術だけが取り柄の男。
 それが私に対する周囲からのイメージであった。

 むしろ同時期に村へ来た他の人間が疑われていると聞く。
 あらぬ罪を向けられるとは災難なことだと思う。

 現在の開拓村には、得体の知れない恐怖が蔓延しつつあった。
 表面上は皆がいつも通りに振る舞っているものの、心底には不安や疑心を抱えている。
 今回のジェフの一件にて、それが顕著に表れたような気がした。

 あまり望ましくない空気感だ。
 この村には、もっと平穏で明るい場所であってほしい。
 大なり小なり悩みはあれど、今の雰囲気は私の理想とはずれていた。

 故にここ数日間、私は夜の活動を控えて考えた。
 どうすれば村の人々の恐怖を払拭できるかを。
 そして一つの仮説に行き着いた。

 ――正体不明の脅威だから恐れているのではないか、と。

 悪の虚像を作り上げ、それに責任を押し付ける。
 不安の元凶が浮き彫りになれば、人々の不安も軽減されるかもしれない。

 実行におけるデメリットはほとんどない。
 たとえ効果が薄かったとしても、それを中断するだけでいい。
 また別の案を考えれば済む話だろう。
 これは優先度の高い案件なので、なるべく早めに対策を打とうと思う。

 まさか不要な存在を排除し続けることで、新たな問題が発生するとは予想外だった。
 私は他者の心の動きに疎い。
 諸々の配慮が足りなかったのは否めなかった。
 日常的に観察をして、さらに知識を深めなければならない。
 難儀なものである。

 もっとも、夜の活動を放棄するつもりはない。
 あれも必要悪だと考えているからだ。
 誰かが担うべき役割である。
 この開拓村のために、私は力を尽くす。

 改めて決意を固める私だが、基本的な生活は変わらない。
 誰がいなくなっても村は回り続ける。
 感傷に浸っている暇はなく、村人達は何時と同じように働く。
 そうしなければ、生活ができないからだ。
 私も例外ではなく、いつも通りに昼間の仕事をこなしていた。



 ◆



 ある日の往診の帰り道、子供達のはしゃぐ声を聞いて足を止める。
 見れば子供達が川で魚を釣っていた。
 木の枝を使って魚を突こうとしている者もいる。

 気になったので見に行くと、彼らはすぐに駆け寄ってきた。

「先生、見てみて! こんなに大きいのを釣ったよ!」

「俺だってたくさん釣った!」

「今日はすごく釣れる日なんだよ!」

 元気な子供達に手を引かれたり背中を押されて、私はあれよあれよという間に川まで連れて来られた。
 ここまで親しげに接されると少し驚いてしまう。
 我ながら子供に好かれるような人間ではないと思うのだが。
 威圧感のないこの肉体の容姿と、医者という職業が好印象を与えているに違いない。

 聞けば子供達は、家族の分の魚を獲りに来たらしい。
 生活が安定しているとは言え、開拓村は貧しい。
 基本的に自給自足の生活である。
 貨幣が不足しており、物々交換も珍しくないほどだった。
 冬を越せるかも厳しい。

 心優しい子供達だ。
 まだ幼いというのに、家族を想って生活を支えている。
 釣りを楽しみながらも頑張っているのだ。
 その姿勢に私は少なからず感心した。

「先生も釣ってみようよ!」

 一人の子供が釣竿を渡してきた。
 私は反射的に受け取るも、少し困る。

 釣りは初めての経験だった。
 どうすればいいかも分からない。
 加えて私は不器用なのだ。
 死霊魔術を除くと、これといった特技を持ち合わせていなかった。

 子供達の助言を聞きながら糸を垂らすが、やはり一向に魚は釣れなかった。
 いくら待てども、ちっとも反応がない。
 川の中を泳ぐ魚は見える。
 しかし、私の釣糸にかかる気配はなかった。
 これはなかなか難しい。

 隣では子供達が次々と魚を釣っている。
 釣り竿も私と同じもので、場所も大して変わらない。
 彼らの技量が優れているのか、或いは私が下手すぎるのか。
 どちらも間違っていないのだろう。

 しばらく粘ってみたものの、結局一匹も釣ることができなかった。
 帰り際、同情した子供達から魚を分けてもらった。
 二匹の魚が手製の籠に入れられている。

「焼き魚にすると美味しいよっ」

「ちゃんと感想聞かせてね!」

「また今度、一緒に釣りをしようね。絶対だよっ!」

 純真無垢な彼らに頷いて答える。
 そして解散して、それぞれの帰路についた。
 日暮れの近い村の中を歩きながら、私は思考を巡らせる。

 せっかく魚を貰ったので、夕食は魚料理にしよう。
 子供達によれば焼き魚がいいらしい。
 詳しい調理方法が分からないものの、感覚でなんとかなるはずだ。
 最悪、毒があっても問題ない。
 この身体はそういう風にできている。

 味よりも、子供達の善意が何よりも嬉しかった。
 彼らの分の魚だってそれほど多くはないのに、自分のような者が受け取っていいのかと思ってしまう。
 だからと言って突き返すのも悪い。
 ありがたく食べるのが一番だろう。

 帰路の途中、五人の見知らぬ男女が村に入ってくるのを目にした。
 鎧やローブを身に纏い、武器を携帯している。
 冒険者だ。

 開拓村にとって、冒険者は貴重な収入源である。
 ある程度の実力を持つ冒険者は、村人と比較すると遥かに裕福で、こうして村を訪れた際の羽振りが良い。
 故に村人達は何かと物を売ろうとする。

「…………」

 冒険者達が村長らに歓迎されるのを眺めながら、私はそっと自宅へ戻った。
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