第1話 死霊術師は裏の役割に従事する

文字数 3,054文字

「治療は終わりました。二日ほど安静にしていただければ体調も戻るかと思います」

 かざしていた手を下ろして、私は患者の背中に告げる。
 患者もとい中年男は、安堵の表情を見せた。

「先生、助かるよ。やっぱり回復魔術ってのはすごいな。それで代金のことなんだが……」

「ええ。次の仕事が終わった際でしたよね。私はいつでも構いませんので、何かあればお気軽におっしゃってください」

「すまない。約束は必ず守る。いつもありがとう」

 丁重な礼を受けながら、私はその家を後にする。

 これで午前中に予定していた往診はすべて済んだ。
 往診と言っても、体調を観察して回復魔術を使うだけである。
 工程としては非常に楽なものだった。
 もっとも、この開拓村では回復魔術の使い手が私しかいないために重宝されている。

 仕事を消化した私は、自宅への帰路に着いた。
 畑や質素な木造家屋を眺めながら歩く。

 遠くには農作業をしている村人の姿もあった。
 彼らは生き生きとした表情で身体を動かしている。

 歩く私を認めると、彼らは大きく手を振ってくれた。
 私は同じ動作を返す。
 向けられる善意に喜びを感じた。
 それと一抹の戸惑いも。

 日ごとに開拓村は発展していく。
 その様子を間近で見られるのは、私の幸せの一つであった。

 およそ二年前、領地発展の一環でこの開拓村は始まったらしい。
 数年は免税するという触れ込みで住人を募って現在に至る。
 私もその宣伝から開拓村の存在を知り、手を挙げたのだ。

「先生ーっ! こんにちはっ」

 前方から泥だらけの子供が走ってきた。
 農作業の最中だったのだろうか。

 少し向こうには、鍬を持った母親がいる。
 目が合うと会釈をしてくれた。
 私もそれに応じつつ、屈み込んで子供と目線を合わせる。

「こんにちは。今日も元気そうだね」

「うん! 元気だよ!」

 子供は首肯する。
 無邪気で可愛らしい反応だ。

 その姿を微笑ましく思っていると、母親が大声で子供を呼んだ。
 どうやら農作業の途中だったらしい。
 母親のもとへ駆け出した子供は、こちらに向けて大きく手を振る。

「先生、じゃあね!」

「ああ。お仕事頑張ってね」

 張り切る子供の姿を横目に、私は歩みを再開させる。

 その後も村の人々と出会うたびに足を止めた。
 彼らから野菜や果物を貰ったり、食事の約束をしたりする。
 向けられるのは数々の笑顔。
 この村に来て間もない私にも親しくしてくれる。

 両手いっぱいに野菜や果物を抱えて歩いていると、道端に見覚えるのある男が立っていた。

 男は嫌われ者のザルフだ。
 意地の悪い性格が原因で、周囲からそういった風に呼ばれているらしい。

 通りかかった私に気付いたザルフは、こちらを睨みつけてくる。

「なんだ、魔術師様じゃねぇか。相変わらず恩を売りまくっているんだな。この善人気取りが」

「すみません」

 私は困ったように苦笑する。
 言い返したりはしない。
 彼の罵倒には何も感じなかった。
 仮に怒りを覚えたとしても、言い返しはしなかったろう。

 私の反応をどう思ったのか、ザルフは露骨に舌打ちをする。

「チッ、気味の悪ぃ野郎だ……」

 彼はそのまま立ち去ってしまった。
 心なしか足取りが荒い。
 しきりに道端の石を蹴飛ばしていた。
 どうやら怒らせてしまったようだ。

 謝罪しようにも既にいないので、それもできない。
 私はザルフのことを忘れて移動する。

 それからは何事もなく自宅に到着した。
 村の外れにある小さな小屋である。
 決して上等な建物ではないものの、私一人が暮らす分には何ら問題ない。
 簡易的な診療所も併設されていた。

 私は後ろ手に扉を閉めて、浮かべていた愛想笑いを消す。
 野菜と果物は机の上に置いておいた。

 せっかくなので貰った野菜で昼食を作る。
 適当な大きさに切ったものに味付けをして、両面を焼いただけの料理だ。

 食べてみると変な味がした。
 しかも妙に硬い。
 調味料を間違えたかもしれない。
 そもそも調理法を誤ったか。
 味覚がずれているという可能性もあった。

 まあ、別に構わない。
 料理自体に大したこだわりはないのだ。
 村人からの好意がただ嬉しかった。

 食後の片付けを済ませてぼんやりとしているうちに、やがて夜が訪れる。
 私は家中を見回って、戸締まりを順に確かめていった。
 家の外にも人の気配はない。

 確認を終えた私は椅子に座った。
 背もたれに上体を預けて、体内の魔力を使って術式を起動させる。

 すると、瞬時に視界が切り替わった。
 一面に広がる暗闇。
 同時に窮屈さを覚える。
 全身がひんやりとした土に包まれているのだ。

 私は手足で土を掻いて地上へと這い上がる。
 幸いにもすぐに出られた。
 この動作も慣れたものだった。

 地上に出た私は土を払い落とす。
 手足を軽く振って、動きに支障がないかを確かめた。
 多少腐敗しているが問題ない。
 きちんと動ける。
 仮に骨だけになっていたとしても、何の支障もなく行動可能だった。

 ここからは夜の仕事の時間である。
 今宵の標的は決めていた。

 村有数の嫌われ者ザルフ。
 昼間、私を罵倒してきた男である。

 別にあれで腹を立てたわけでは決してない。
 前々から"処理"の候補には挙がっていたのだ。
 決行日が偶然被っただけの話であった。

「なっ、え……」

 前方で驚く声がした。
 村人の男がこちらを見てたじろいでいる。
 墓から這い上がる場面も含めて目撃されたようだ。

 私は叫ばれる前に接近して、その村人の首を掴んで力を込める。
 頸椎を粉砕する感触と共に村人が脱力した。
 手足が小刻みに動いている。
 じきに止まるだろう。

 私は殺したばかりの死体を、ちょうど空いた墓に放り込んだ。
 その際、彼の着ていたフード付きのローブを拝借する。
 肌を隠せるため、これで遠目には死体と分からなくなるだろう。
 個人の判別を付け難くなるのも都合がいい。
 土を上手く均して、フードの持ち主を隠しておく。

 そういったハプニングを交えながらも、私は夜の村を駆けて移動し、無事にザルフの家に到着した。
 玄関扉の施錠を破壊して侵入する。
 忍び足で台所へ赴き、使い古された包丁を手に取った。
 それを片手に室内を彷徨う。

 ザルフは居間で酒瓶を抱えて熟睡していた。
 大きないびきを響かせている。
 独り身でなかったら、文句を言われそうな音量だった。

 私はザルフのそばに佇む。
 いびきを止めた彼が、うっすらと目を開けた。

「お……? なんだぁ?」

 気の抜けた声。
 まだ寝ぼけているらしい。

 私はザルフの襟首を掴んで起こすと、包丁でその首を切り裂いた。

「ぁ……っえ……!?」

 ここでようやく異常に気付いたらしい。
 ザルフは自身の首を押さえながら、手足をじたばたと動かす。
 噴出する血飛沫が辺りを濡らしていった。

 しばらく苦しそうにしていたザルフだが、やがてあっさりと事切れる。
 ぐったりと倒れる彼は、自らの血で赤く汚れていた。

(――これで村がより良い場所になる)

 満足した私は、死体を引きずって家屋を後にした。
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