第25話 死霊術師は新たな仲間を得る

文字数 3,112文字

 翌朝、自宅の扉が激しくノックされた。
 破れんばかりの勢いだ。
 あまりに乱暴すぎる。
 扉の前にいる人物は、よほど慌てているらしい。

 私は出来上がったばかりの炒め物を皿に盛り付けてから、そっと玄関の鍵を開ける。
 直後、冒険者たちが自宅に駆け込んできた。
 剣士の一人が、泣きそうな顔で私に縋り付く。

「ルシア……ルシアが、息をしていないんだ。助けてくれ……!」

 私は無言で頷いて診療所に赴く。

 ルシアはベッドで横になっていた。
 安らかな表情だ。
 一見するとただ眠っているだけに見える。

 私は軽く触診する。
 呼吸も心臓も止まっている。

 私は手をかざして回復魔術を使用した。
 何の効果もない。
 当然だ。
 回復魔術は怪我人にこそ効果を発揮するものだ。
 死者に対して用いるものではない。
 蘇生魔術も存在するが、私の専門外であった。

 冒険者たちは、一縷の望みを込めて私を見ている。
 何かの奇跡でルシアが起き上がる、と彼らは信じていた。
 諦念を無視してひたすらに祈る。

 一通りの処置を確かめてから、私は彼らに告げる。

「残念ですが、亡くなっています。アンデッドの毒が原因ですね。症状が急変したようです」

 言い終えると同時に、冒険者の一人が私の胸倉を掴んできた。
 彼は凄まじい剣幕で怒鳴る。

「お前が! ちゃんと治療しねぇから……ルシアが……ッ!」

「申し訳ありません。私の力不足です」

 私は激しく揺さぶられながら謝罪する。
 今にも殴りかかってきそうな迫力だった。
 別に殴られてもいい。
 彼の拳が痛むだけだ。
 この冒険者には怒るだけの権利がある。
 真実を知らないとはいえ、ルシアの死は私が原因なのだ。
 それで気持ちが晴れるのなら、存分に殴ればいい。

 激昂する冒険者が拳を掲げた寸前、仲間たちがなんとか止めて引き離した。
 仲間の一人である魔術師の男が、沈痛な面持ちで私に謝罪する。

「すまない、気が立っているんだ。あなたが手を尽くしてくれたことは知っている……俺たちの怪我も治してくれたしな」

「いえ。こちらこそお力になれず、すみません」

 私は心にもない言葉を吐く。
 冒険者が何を感じて何を言おうと、開拓村に影響がない限りは興味がなかった。
 それでも表面上はそれらしい行動を心がけねばならない。

 私は村の医者なのだ。
 他者の死を悲しみ、自らの無力さに憤りを覚えた方がいい。
 たとえ本心ではないにしろ、そういったそぶりは必要だった。

 その後、ルシアの遺体は村に埋葬する。
 遺品は仲間たちが持ち帰ることになった。
 前日に死んだ斧持ちの冒険者と隣接する場所に墓を拵える。

 然るべきやり取りを終えると、冒険者たちは粛々と準備を済ませて帰還した。
 早急にギルドへ報告をしなければいけないそうだ。
 生き残った彼らには仕事がある。
 いつまでも失った仲間を悼んでいられないのだろう。

 今回、冒険者パーティは甚大な被害を受けた。
 とは言え、アンデッド系の魔物は専用の対策を打たないと詰みとなる場合が多い。
 そういったことをせず、不用意に進みすぎた彼らの落ち度である。
 迷宮への好奇心と、未知の財宝という欲望に負けた形だ。
 何も珍しくないありふれた話であった。
 全滅しなかっただけ幸運と考えてもらいたい。

 彼らには数日分の解毒用ポーションを渡してある。
 よほどのことがなければアンデッドから受けた毒は完治し、支障なく動けるようになるだろう。

 徐々に小さくなる冒険者たちの背中を、私はこれといった感慨もなく見届けた。



 ◆



 その日の夜、私は人形の死体を操って村の墓場へ向かった。
 全身は黒いローブを着込んで覆い隠している。
 至近距離から覗き込まれない限りは、アンデッドであることは分からないだろう。

 私は一つの墓の前で足を止める。
 そろそろ仕掛けが作動する頃だ。
 辺りに人影がないことを入念に確かめつつ、私はじっと待ち続ける。

 やがて墓の土が蠢き始めた。
 動きは段々と大きくなり、ぼこぼこと隆起する。
 ついには一本の手が突き出てきた。

 微かに呻き声がする。
 手が地面を探り、懸命に掘ろうとしていた。
 少し経つと、二本目の手も登場する。
 両腕が土を掻いて這い出そうとしていた。

 さらに待つこと暫し。
 ぼこり、と地面から顔を出したのは、青白い顔のルシアだった。
 彼女は私の姿を認めると、怪訝そうな表情を見せる。

「もしかしなくても、あの医者……か? アンデッドを遠隔で操っているのだな」

「なかなかの洞察力だ。微妙に間違っているが、別に訂正するほどでもない。そんなことより早く出てきた方がいい。誰かに見つかってしまう」

「そ、それもそうだな」

 私はルシアに手を貸して、地面から引きずり上げた。
 ずるりと全身を晒したルシアは、きょろきょろと辺りを見回す。
 土まみれの両手を確認して、夜空を見上げた。
 雲ひとつない空には、くっきりと三日月が浮かんでいる。

「私は、本当に生きているのか……」

「アンデッドと生死の定義にもよる。あまり気にしなくていい」

 棒立ちのルシアを促して、私はそのまま森の方角へ移動を開始する。
 この時間帯なら村人とも遭遇せずに辿り着けるはずだ。
 もし見つかったら、速やかに殺害すればいい。
 開拓村にアンデッドが出現したなどと広められたら堪ったものではない。

 移動中、ルシアは土を吐き捨て、衣服の汚れを叩いて落とす。
 土葬されたせいで悲惨なことになっていた。
 身体を洗った方が良さそうだ。

「頼んだ身から言うのもなんだが、こうもあっさりとアンデッドになれるとは……」

 何やらルシアは怪しんでいる様子だった。
 私の魔術が機能しているかを疑っているのだろう。
 その気持ちは分かる。
 変異の間、彼女の意識はなかったのだから。

 しかし、今やルシアは完全なアンデッドだ。
 外見に大きな変化はない。
 肌が青白くなり、目が赤くなったくらいだろうか。
 人間と言い張れるほどのものだ。

 ただ、内面はかなり変貌していた。
 まず魔力と瘴気が桁違いに増えている。
 生前から人並み外れたものがあったが、もはや正真正銘の怪物だ。

 ちなみに種族は吸血鬼である。
 アンデッドとしては中位にあたる。
 怪力と再生を始め、様々な特殊能力を持つ魔物だ。

 見目の美しさも特徴の一つだった。
 通常のアンデッドのように腐敗が進まず、決して老いることがない。
 そして人間の血液を摂取することでさらに力を増す。
 度重なる吸血で災厄級の力を有した個体も過去には存在する。
 アンデッド化したいというルシアの要望に適した種族だろう。

 ルシアに施したのは、後発性の死霊魔術である。
 自然死を経て術式が発動し、時間差でアンデッド化するものだ。
 それを使って彼女の死を偽装した。
 意識のあるアンデッドを作りたいときには便利な術式である。

 ルシアの様子を見た限り、意識は明瞭としていた。
 死霊魔術は問題なく機能しているようだ。

 生前の人格とは大差もなさそうだった。
 少なくとも会話に苦労せず、私に対して友好的と言える態度を取っている。
 魂が安定して繋ぎ止められている証拠だ。
 暴走の予兆はない。
これなら有用な配下として活かせるだろう。

 隣を往く吸血鬼ルシアを一瞥して、私は柔和に微笑んだ。
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