第33話 死霊術師は侵入者を試す

文字数 2,131文字

「――来たか」

 私は目を開ける。

 調査隊が迷宮に辿り着いたようだ。
 時刻は日暮れをやや回った頃で、だいたい予想通りのタイミングであった。

 私はソファに座るテテに歩み寄る。

「侵入者だ。覚悟はできているかな」

「ええ。いつでもどうぞ」

 テテはしっかりと頷く。
 力強い返事だった。
 気負いはない。
 自然体に近い態度である。
 待ち時間の間に彼女なりに心の整理を済ませてリラックスしていたようだ。

 私はテテの額に手をかざして死霊魔術を発動する。
 彼女の片目を迷宮上層のアンデッドに繋げた。

「…………っ」

 テテは少し息を呑むも、それ以上の反応はない。
 驚きを耐えたらしい。
 それからは不思議そうに瞬きしている。

 特に問題がないことを見てから、私も片目だけを別のアンデッドに繋げる。
 今回は意識ごと移して肉体を動かすつもりはない。
 テテの横で解説と指導を行うからだ。

 調査隊は迷宮の入口にいた。
 魔術の光を宙に浮かべて光源を確保している。
 冒険者たちが水で松明の火を消されたことを聞いているのだろう。
 事前情報を詰め込んできている。

 魔術の光も簡単に掻き消せるのだが、そこまで意地の悪いことはしない。
 彼らには迷宮内へ踏み込んでもらわねばならないのだ。
 光源の破壊をするか否かは、今後の戦況次第で決める。

 調査隊は入口に梯子を下ろして続々と侵入してきた。
 縦に長い列は分岐点でおよそ十人ごとのグループになり、別々の進路を進み始める。
 彼らは計三グループの集団となった。

 通路は彼らが人数を活かせるほど広くない。
 調査の効率も考慮して、手分けすることにしたのだろう。
 私は視界の調節を行い、三グループのうち一グループをテテと観察することにした。

 通路を進む調査隊は、さっそく聖魔術を使用する。
 それぞれの武器が淡く発光した。
 アンデッドにとっては致命的な力だ。
 斬られた端から焼け爛れて行動不能になる。
 あれは好んで味わいたくない感覚であった。

 さらに空間内の軽い浄化で、瘴気の濃度を薄めている。
 あれだけで心身の負荷が劇的に減少するのだ。
 さらに低位のアンデッドの動きを阻害できる。
 弱い亡霊にもなると、近寄ることすらできなくなるだろう。

 どちらもアンデッド対策として真っ先に挙げられるものだった。
 使い手が少ないのが欠点だが、消耗品の聖水でも代用できる。
 今回はすべて聖魔術の使い手が担っているようだ。

 さらには調査隊の頭上に魔力の障壁が展開された。
 結界魔術の一種だ。
 天井からの強襲を警戒している。

 彼らは冒険者からの報告をよく聞いているらしい。
 万全を期して迷宮へやって来ている。
 視点を切り替えて確認したところ、他の二つのグループも同様の対策を行っていた。
 実に堅実な手段だ。

 今回は領主の派遣した調査隊なので、人材も豊富らしい。
 迷宮の特性を鑑みて、聖魔術と結界魔術の使い手を集めたのだろう。

「いつ攻撃するの?」

「そろそろ仕掛けるさ」

 私は潜伏させたアンデッドたちを調査隊へけしかける。
 すぐさま察知した兵士たちは一斉に構えた。

 前衛がアンデッドを押さえ、聖魔術の付与された剣で突き崩す。
 アンデッドたちは、浄化の力を受けて次々と倒されていった。
 天井からアンデッドを降らせても、障壁に阻まれる。
 滑り落ちたところを容赦なく倒された。

 非常に無駄のない立ち回りだ。
 よく訓練されている。
 そうして調査隊は大した損傷もなく遭遇したアンデッドを殲滅してしまった。

 彼らはアンデッドの死骸を漁って盛り上がる。
 瘴気を込めた魔石を発見したようだ。
 これで迷宮の経済的な価値を悟っただろう。

 調査隊は勇み足で前進していく。
 目に見える形で成果を発見したことで、気分が上向きになったようだ。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なのこれ!?」

 戦いを見ていたテテが動揺する。
 調査隊の快進撃に慌てているらしい。

 私は落ち着いた声音でテテに説明する。

「今のは小手調べだ。彼らの実力を確かめさせてもらった。ここからが本番だよ」

「本当? 奴らはここまで来ないのよね……?」

「当然だ。ほどほどの段階で追い返すさ」

 心配そうなテテに言い聞かせながら、私は死霊魔術で迷宮内のアンデッドに命令する。
 調査隊は洗練された実力者揃いだ。
 アンデッドとの戦い方を心得ている。
 正直、期待以上であった。

 彼らにはこちらの戦力の性能実験に付き合ってもらおうと思う。
 私も細心の注意を払って難易度の調整を図っているが、やはり実践してみなくては分からないこともある。
 これもいい機会だ。
 調査隊が全滅しない程度に実験したい。

 無論、それに見合った報酬も渡す所存だ。
 彼らも満足してくれるだろう。
 互いに利益のあるやり取りである。

「今から何をするの?」

「反撃だよ。彼らには脅威を知ってもらう」

 テテの質問に応じつつ、私は新たなアンデッドを調査隊へと差し向けた。
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