第39話 死霊術師は新たな問題を知る

文字数 2,428文字

 その後、私は開拓村と迷宮を往復する日々を過ごしていた。

 村では冒険者ギルドの建造が始まった。
 多くの需要に応えた形である。
 管理組織を配置しなければ混乱を来すと判断されたのだろう。

 実質的に迷宮専門のギルドだ。
 これから本格的に迷宮探索が行われ、冒険者の利用者もさらに跳ね上がるに違いない。

 一方、私は今日も診療所に勤めている。
 貢献を認められたことで、診療所は増築された。
 二階建てとなり、敷地面積は以前の倍ほどだ。
 医療器具やポーションの類も、多種多様なものが常備されるようになった。
 全体的にアンデッド対策のものが多い。

 医療活動の中で、私は人々から好意的に見られていた。
 前々から築いてきた信頼は、より強固なものとなっている。
 冒険者の間でも、腕の立つ医者として認知されているようだ。
 迷宮攻略で負った傷は、診療所で処置するのが恒例となりつつあるらしい。

 診療所内を、看護師たちが慌ただしく駆け回ってる。
 その中にはリセナの姿もあった。

 彼らは私が雇った看護師だ。
 利用者の増大に伴い、村長が手配した人材だった。
 さすがに私一人で運営するのは厳しいと判断したのだろう。
 村長なりの気遣いである。

 ついでに一部の冒険者に依頼して、看護師たちに回復魔術の伝授をしてもらっていた。
 数日ではまず習得できないだろうが、将来的には役に立つ。
 リセナの希望にも繋がっていた。

 看護師の動員は良い傾向だ。
 私への依存を必須とする状態は望ましくない。
 堕落の一途を辿ることになる。

 いっそ私が不要となるくらいがちょうどよかった。
 それこそが真の発展と言える。

「あーあ、儲かる迷宮があると聞いて来てみりゃ、あれはなかなか難しいぜ。性質が悪い魔物ばかりだ」

 治療を受ける冒険者が愚痴を吐く。
 彼の片腕は肘から肩にかけて大きく裂けていた。
 消毒を縫合を終えた今は、包帯を巻いている最中である。

「まさか、いきなり霊手に掴まれるとは思わなかったよ。それで気を取られて、グールに噛み付かれたってわけさ」

「それは災難でしたね。お疲れ様です」

 うんざりした様子で嘆く冒険者に、私は適当な相槌を打つ。

 彼は運が良い。
 感染の術式を仕込んだゾンビなら、今頃はアンデッドの仲間入りをしていた。

 そもそも霊手は弱いアンデッドである。
 安物の聖水でも追い払える存在だ。
 あれが発生する環境で戦っていたのだとすれば、明らかに準備不足だろう。
 この冒険者はまだ駆け出しなのかもしれない。

「実は……吸血鬼にも遭遇したんだ。他の冒険者が襲われているのを見たんだが、とんでもない魔力を持っていた。あいつが迷宮の主だろう」

 とっておきの話とばかりに冒険者は語る。
 私は内心で彼の言葉を否定した。

 現状、迷宮の主に該当するのはテテだ。
 監督者という名目だが、リッチとなって最下層に君臨している。
 迷宮産の魔物も彼女に服従しており、主に相応しい扱いを受けていた。

 或いは私も迷宮の主に該当するのかもしれないが、私はあくまでも開拓村の医者である。
 迷宮に留まっている時間もそこまで多くない。
 主を名乗るのは少し違う。
 最近の役割を考えると、やはりテテの方が合っていた。

 ちなみに迷宮内の最強のアンデッドとなると死骸騎士である。
 テテとルシアも強大な力を得たが、それは死骸騎士も同様だった。

 迷宮化の恩恵により、特徴的な朱い甲殻は艶やかで深みを増した色合いに変わった。
 硬度は全力を出したルシアが掠り傷しか付けられない程度だ。
 おそらく平均的な性能の魔剣なら容易に弾くだろう。
 膂力もより破滅的なものとなり、他のアンデッドを実験体に検証したところ、少なくとも以前までの三倍増しとなっていた。

 それとは裏腹に体格は洗練され、筋肉が極限まで圧縮されている。
 背丈や体格は一見すると常人と大差ない。
 外見的な威圧感は幾分か減ったものの、総合的な戦闘能力は別物だろう。

 現在の死骸騎士の使い道と言えばルシアの稽古相手くらいだった。
 試しに中層や上層へ送り込む案もあったが、さすがに騒ぎになるので断念した。
 恐れた冒険者が迷宮から離れてしまう恐れもある。
 それだけ規格外の強さなのだ。
 当分は実戦を経験することもないだろう。
 そういった事情もあり、吸血鬼ルシアは迷宮の主ではなかった。

「ところで先生は知っているかい?」

「何をでしょう」

「近々、王都から英雄様がやってくるらしいぜ。そんな噂が流れているんだ」

 その単語を聞いた私は、微笑が凍りかけるのを自覚した。
 寸前で自然な表情を保つ。

「――英雄ですか。一体どなたでしょう」

「聞いて驚くなよ。かの有名な剣聖レリオット・クロムハート……大陸最強と謳われる剣士さ」

「それは、すごいですね。お会いしてみたいものです」

 私は話を合わせつつ、冒険者の治療を済ませてその場を離れた。
 違和感なくやり取りできたはずだ。
 そう思って先ほどの冒険者を見てみれば、看護師と話しながら鼻の下を伸ばしていた。
 あの調子なら不審がられたこともないだろう。
 私は目立たないように歩いて部屋を出る。

 ついに英雄が来るかもしれない。
 予期していなかったわけではないが、それ相応の対策が必要だ。
 彼らを人間の枠組みで捉えてはいけない。
 他を圧倒的に凌駕するからこそ英雄なのだ。

 クロムハートという姓には聞き覚えがあった。
 確か聖騎士の一族だ。
 かつて私もクロムハートの者と戦った。
 当時の剣聖はまさに一騎当千の傑物だった。

 今代も同等の力を持っているのなら、あまり楽観的に構えていられない。
 迷宮を完全攻略されては困る。
 早急に迷宮の強化を進めなければ。
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