第21話 死霊術師は戦力を見直す

文字数 2,709文字

 自宅に着いた私は、肉体を切り替えて人工迷宮へと赴く。
 テテの護衛を任せたアンデッドの一体に乗り移った。
 動作不良がないことを確かめつつ、周囲を見回す。

 テテは最下層でそわそわと室内を歩き回っていた。
 表情が不安や焦りなどを訴えている。
 上層での戦闘がどうなったのか気になるのだろう。
 彼女にはそれを知る術がない。

 私はテテに歩み寄って話しかける。

「やあ。様子を見に来たよ」

「……あなたね。音沙汰がないから心配したわ」

 テテは脱力して安堵の顔を見せる。
 私が前触れもなく発言したことに驚きはなかった。
 明言はしていないが、私の死霊魔術の特性を大まかに理解しているのだろう。

「それで、何があったの?」

「この迷宮に冒険者が侵入したんだ。既に撃退したけどね」

「ついに冒険者が……ここまで来そうだったの?」

 心配する彼女に、私は首を横に振る。

「いや、まったく問題ない。余裕を持って追い返したよ。仮に十倍の数がいたとしても同じ結果だった」

 決して虚勢や強がりなどではない。
 アンデッドに仕込む猛毒を強めるか、気化性にしておくだけで全滅させられるのだから。
 たとえ数が増えても同じだ。
 よほど完璧な対策でも打たれない限りは、生命の与奪は私の手が握っている。
 殺戮だけが目的なら、手段はいくらでもあった。

 説明を終えた私は、最下層の部屋から出ようとする。
 そこへテテから声がかかった。

「どこへ行くの?」

「アンデッドの補充だよ。たくさん倒されたからね」

「まさか、誰かを殺したり……」

「いや、殺しはしない。材料はまだ残っている」

 あまりに死体が枯渇した場合は森で狩りを行わなければならないが、今回はそこまでの事態ではない。
 迷宮内の分で補填が可能だった。

 私はテテを置いて迷宮の中層に移動する。
 壁が取り除かれた開けた場所だ。
 村の家屋をいくつも建てられるほどの広さがある。

 私は残存するアンデッドを使役して、冒険者に倒された残骸を集めさせた。
 すぐにかなりの骨と肉塊の山が空間内に積まれていく。
 猛毒や血液の臭いも混ざって漂い始めた。
 テテを同行させていたら、卒倒していたかもしれない。

 ひとまず死霊魔術によって適当な量の亡霊を作製する。
 これは非常に簡単だ。
 大量のアンデッドがいることによって、この迷宮内は瘴気と魔力に満ちている。

 生み出した亡霊は青い靄のような外見で、か細い声を発しながら空間内を飛び回る。
 私の命令一つで自在に動かすことが可能だ。
 今は用もないので迷宮各所に散らしておく。

 これら亡霊は、迷宮内に侵入した生者に襲いかかる。
 直接的な殺傷能力は皆無だが、精神汚染を得意とする。
 彼らと相対するだけで、冒険者たちは気分を害することになるだろう。
 そして、心的負担はあらゆる行動に支障を来たす。
 些細なミスが死に繋がる迷宮において、それはあまりにも致命的だった。

 さらに燃やされた死体から炎の怨霊も作る。
 こちらは攻撃型だ。
 非実体のアンデッドである点は亡霊と同じだが、炎の怨霊は火魔術を扱うことができる。
 物理攻撃が効かない上に、狭い迷宮内で炎を飛ばしてくる存在は脅威だろう。
 こちらも各所に散開させて、一部は最下層に死骸騎士と共に配置する。

 他に変わり種の亡霊として、霊手と呼ばれる魔物を生成した。
 これはかなり特殊な個体だ。

 霊手は半透明の青白い手の形状で、地面や壁や天井から生えてくる。
 そして通りかかった者の手足を掴む。
 つまり妨害専門の存在だ。
 ただそれだけの亡霊だが、この掴むという行為に執着するのが最大の特徴である。

 霊手だけと遭遇したのなら鬱陶しいだけで終わるものの、この迷宮には他にも様々なアンデッドが出現する。
 その中でいきなり手足を掴まれるなど、冒険者からすれば堪ったものではない。

 さらに霊手は極端にしぶとく、たとえ浄化されてもしばらくすると復活するのだ。
 完全に消滅させるには、付近一帯を聖魔術で覆い尽くすか、死霊魔術で支配して強制的に破壊するくらいのことをしなければならない。
 他にも手段はあるが、いずれも手軽なものではなく、それなりの消耗を余儀なくされる。

 ただ、霊手にそこまでする冒険者はいない。
 何らかの手段で倒した後、聖魔術や聖水等で復活や妨害を阻止するのが一般的な対策だ。

 確実な成果を出す一方で、自動的に復活する便利な亡霊。
 それが霊手であった。

 亡霊系はこれくらいでいいだろう。
 迷宮内での死者が多発して瘴気がさらに濃くなれば、守護者の怨霊を作ってもいい。
 ここにはまだ人間の死が足りなかった。
 放っておいても侵入する冒険者は増えるだろう。
 今後に期待していこうと思う。

 次に私は、破壊された死体の残骸を使ってアンデッドを作製する。
 損傷が少ない個体は、そのまま術式を再起動させた。
 欠損が多い個体に関しては、他の死体と繋ぎ合わせて異形のアンデッドにする。
 燃やされて黒焦げになったアンデッドは、炭化した肉を削いでスケルトンに仕立て上げた。
 他にも岩石を纏ったアンデッドや、朱殻蟻に騎乗するゴブリンなど、いくつかの変わり種も用意する。
 どんな冒険者が来ても対応できるように、様々な形状と能力のものを拵えていった。

 結果、アンデッドの総数はやや減少したが、全体の戦闘能力は数倍になった。
 これでもかなり手加減した状態だ。
 改良の余地はいくらでも残っている。
 上層や中層はともかく、下層は折を見て攻略難度を底上げするつもりだった。

 近いうちに迷宮のさらなる拡張も行っていきたい。
 正式な迷宮化が起きれば、その辺りにも着手する予定だ。
 冒険者を誘き寄せる餌については、今のところはあまり考えていない。
 アンデッドも魔物の一種であり、活動から時間が経つと体内に魔石ができるのだ。
 それだけで一定の価値を持ち、冒険者の稼ぎとなる。
 迷宮化すれば勝手に鉱石や古代の遺産が産出されるので、わざわざ用意することもなかった。

 そうして迷宮の修復と改善を進めていると、医者の肉体が冒険者の帰還を感知した。
 斧持ちの死体との別れが済んだらしい。

 今日のところはこれくらいでいいだろう。
 また数日は冒険者がやってくることもあるまい。
 たとえ侵入されても十分に対処可能な戦力となっていた。

 私は死霊魔術を解除して、自宅へと意識を戻した。
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