第18話 死霊術師は罠を仕込む

文字数 2,949文字

 冒険者たちは、アンデッドを見つけた途端に攻撃を仕掛けてきた。
 魔術師が火炎を飛ばしてくる。
 命中したアンデッドが燃え上がり、力尽きて倒れ込んだ。

 予想通りの動きである。
 アンデッドにとって火が弱点であることは、ほとんど常識のようなものだ。
 当然、冒険者たちも攻撃手段として取り入れてくる。
 それを差し置いても火の魔術は破壊力が高く、様々な場面で活躍できるため、パーティ内の誰かが使えるのは何ら不思議なことではなかった。

 冒険者たちは火魔術を駆使して前進する。
 それらを耐え抜いて接近したアンデッドは、戦士が剣や斧で切り伏せていった。

 やがて私の目を務めるアンデッドも魔術の餌食になる。
 闇に染まる視界。
 仕方ないので別のアンデッドに接続し直した。

 迷宮内の小さな横穴に潜むゴブリンのアンデッドだ。
 冒険者の位置からは非常に見えづらい。
 ここからなら落ち着いて観察ができる。

 冒険者たちは非常にバランスの取れたパーティ構成だった。
 前衛は三人。
 剣士と斧持ちと大盾持ちが一人ずつである。
 決して広くない通路で、彼らは上手く息を合わせて立ち回っていた。

 前衛の後ろには二人の魔術師と弓使いがいる。
 彼らは前衛に守られて適切なサポートを行う。
 松明を持っているのも、魔術師の二人であった。

 魔術師たちは、火魔術と風魔術と水魔術を使っている。
 かなり無難なラインナップだ。
 どれも利便性の高い属性であった。
 アンデッドの弱点である聖魔術は習得していないようだ。
 ただ温存しているだけの可能性もあるが、仮に使われたところで大した問題でもない。

 弓使いは毒矢を所持しているようだが、生憎とアンデッドには効かない。
 ただし、精密な射撃で的確にアンデッドの頭部を貫いていた。
 前衛陣のフォローが主目的だ。
 それに加えて魔力で周囲の探知を行っていた。
 斥候や暗殺者としての能力を有しているようだ。

 後列に控えるのは、剣士二人に素手が一人、それに杖と鎌の変則型が一人である。
 彼らは背後からの不意打ちに備えている。
 時々、死角からアンデッドに襲われても瞬時に対応していた。
 守りはかなり固い。
 退路を断つのは難しいだろう。

 そんな内訳の十人は、アンデッドを蹴散らしながら快調に進んでいた。
 やはりそれなりの実力を持っている。
 間違いなく中堅以上の実力者だろう。
 英雄のような存在に比べれば数段は劣るものの、それでも一級と評してもいい戦闘能力である。

 破竹の勢いで突き進む彼らを、私は静かに観察し続けた。
 時折、目となるアンデッドを切り替えながら、取るべき行動を考える。

 アンデッドを虐殺されるのは構わない。
 けしかけているのは捨て駒にしても惜しくない死体ばかりだ。

 そもそも、どれだけ損傷しようが死体は再利用できる。
 たとえ火魔術で炭化していても、死霊魔術でもう一度アンデッドに組み替えられるのだ。
 残骸に宿る怨念で亡霊を作るという手もあった。
 通常の物理攻撃が効かないので便利だ。
 非殺傷タイプの攻撃も得意とするので、今回のような状況でも有用に違いない。

 もちろん攻撃型にすることも可能である。
 燃やされた死体なので炎の怨霊に仕立て上げるのが最適だろう。
 瘴気を集めて強大な怨霊にすれば、瞬く間に冒険者を焼き殺すことも容易い。
 無論、今回は全滅が目的ではないので実践しないが。
 とにかく、冒険者たちの快進撃は私にとって何の痛手にもなっていなかった。

 ちなみに死骸騎士は使わない。
 手加減できずに殺してしまう恐れがあるためだ。
 よほどのことがない限りは、今後も最下層に固定しておく予定だった。
 別に死骸騎士を使うほどの相手でもない。

 順々に下層へと至る冒険者たちは、アンデッドから骨や心臓を採取していた。
 それらには高純度の瘴気と魔力が込められているのだ。
 私が意図的に混ぜておいた。
 あれは高値で売れる。
 手頃で良い品質の魔術触媒になるのだ。

 冒険者たちも、この迷宮の価値を理解しただろう。
 その証拠に倒したアンデッドを積極的に漁っている。
 彼らの顔に確かな喜色を窺えた。
 脳内で獲得した素材による稼ぎでも計算しているのかもしれない。

 浮かれているところを悪いが、そろそろ追い返そうと思う。
 あまり奥へ進まれても面倒だ。
 今回の目的は十分に達せられている。

 私は死霊魔術で迷宮内のアンデッドに命令を下した。
 直後、天井の隙間からアンデッド化したゴブリンが落下する。
 落下先には冒険者たちがいる。
 頭上からの奇襲だ。

「な、にっ……!?」

 弓使いが驚愕の声を上げた。
 探知が反応しなかったことに動揺しているのだろう。

 ゴブリンには隠密の術式を仕込んでおいた。
 動き出す前ではあらゆる活動を抑制している。
 静止状態で死角にいればまず見つからない。
 そんな個体を天井に数十体ほど忍ばせていた。
 今回はそのうちの一体を使ったわけだ。

「この、野郎ッ!」

 前衛の剣士が、素早く跳び上がってゴブリンを攻撃した。
 素晴らしい反応速度だ。
 私では到底真似できない動きである。

 大の字になって落下するゴブリンは、斬撃がまともに受けた。
 すると、刃で裂かれた箇所から、黒い粘液が一気に噴出した。

「うおっ、なんだっ!」

「あついいいいぁぁっ!?」

「ぐぅおおお……ッ」

 粘液を浴びた剣士と魔術師は、白煙を上げて転げ回る。
 彼らは血に塗れて悶絶していた。

 今のは酸に近い性質の毒液だ。
 攻撃されるのを見越してゴブリンの腹に溜めておいたのである。
 ただし致死性ではなく、アンデッド化も誘発しない。
 極めて良心的な液体である。

 冒険者たちは、毒液を浴びた者の治療を始めた。
 さらに数人がアンデッドの対処に回っている。

 怪我人に対して、ポーションと回復魔術の併用で処置を施していた。
 医者としての私の手法に酷似している。
 あれは効率的なのだ。
 毒液の影響も緩和できるだろう。

 もっとも、そう簡単に治療できると思わないでもらいたい。
 多少の危険はあるのだと彼らには知ってもらわねばならないのだ。
 甘い迷宮だという印象のまま帰還させてもいいが、それではバランスが取れない。

 危険と見返りは釣り合った方がいい。
 その方が迷宮らしい。
 不自然な構成は疑われる原因になる。
 故に今から相応の危険を与えよう。

 私は死霊魔術で人間の死体に意識を丸ごと移す。
 冒険者パーティの後方を位置取る形だ。

 手には棍棒とナイフ。 
 どちらにも森の植物の毒が塗り込まれている。
 この数日で準備したものだ。
 調合の技術と知識があれば造作もない。

 私は顔にかかる前髪を掻き上げてどけた。
 冒険者たちを見据えながら、静かに歩き出す。
 そばを通り抜けたアンデッドたちが彼らに殺到し、そしてあえなく倒される。
 しかし、私は足を止めない。

 ――ここからが人工迷宮の本領だ。
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