第22話 死霊術師は誘いを受ける

文字数 2,423文字

 出入り口の扉をノックする音がした。
 扉を開けると冒険者たちがいた。
 目が赤く腫れている者が多い。
 仲間に別れを告げてきたようだ。

 私は何も聞かず、彼らを診療所に招いて寝床を提供する。
 治療に使ったベッドは血で汚れたので、別のものを用意した。
 上等なものではないが、安眠を妨げるほどではない。
 休息するに足る設備は整っている。
 急病人を想定して、普段からそれなりの数のベッドがあるのだ。
 村の大工が無償で作ってくれたものが大半であった。

 冒険者たちはやはり疲労していたようで、ベッドで横になると死んだように眠る。
 アンデッドの大群と長時間にも及ぶ戦闘を繰り広げたのだ。
 緊張の糸が切れたのもあるだろう。

 そんな彼らを見て、私は自宅へ戻る。
 彼らが起床するまでに食事でも作っておこうと思う。
 回復魔術やポーションによる治療は有効だが、栄養を摂るのも重要だ。

 温かい食事は活力も与える。
 冒険者たちは悲しみに暮れていた。
 そういう時こそ、食事を欠かしてはいけない。

 野菜と鶏肉の炒め物を振る舞おう。
 あれだけは他人に提供できる程度の腕前になった。
 事前にリセナに習っていて良かった。
 それより前までなら、こういった心配りも取れなかった。
 さすがの冒険者も、極端に不味い料理を食べたいとは思うまい。

 私は食料の残量を確認する。
 冒険者たちの腹を満たせるだけの分はありそうだ。
 彼らには英気を養ってもらい、然るべき報告をギルドにしてもらわねばならない。
 ここで意気消沈されて動きを止められると困る。

 私は窓の外に目を向けた。
 外はまだ暗い。
 夜明けまでは十分に時間がある。
 調理を始めるのはもう少し後でいいだろう。
 私は椅子に座り、今後のことについて考える。

 人々に迷宮の存在が知られた。
 冒険者たちがギルドに報告すれば、さらに情報は広まるだろう。
 一獲千金を狙う冒険者や、利潤を求める商人がやってくるはずだ。
 様々な価値あるものが流入し、開拓村の飛躍的な発展が望める。

 それはとても素晴らしいことだ。
 良い変化である。
 私は大いに歓迎しよう。

 ただ、何も手放しに受け入れるものでもない。
 光と闇は常に表裏一体。
 事象の陰を見据え、人知れず泥を被るのが私の役目である。

 とは言え、仕事はそこまで複雑ではない。
 まずは迷宮の調整だ。
 定期的に戦力を補充しつつ、最適な攻略難度を探る。
 迷宮化するまでは、私がしっかりと手を加えるつもりだった。
 それ以降は状況に合わせて実施する。

 次に開拓村に存在する不要分子の"処理"だ。
 村の発展が進めば、それだけ厄介な人間が増える。
 冒険者などは特に荒くれ者が多い。
 先住の村人たちが虐げられないように目を光らせておかなければいけない。
 情報収集も余念なく行う必要があった。

 村の規模が大きくなるほど、監視の必要な部分が増える。
 そろそろ村の内部にもアンデッドの"目"や"耳"を仕込む時期かもしれない。
 発見されるリスクを考慮して使っていなかったが、設置しておくと今後の活動が非常に楽になる。
 前向きに検討しておこう。

 その時、こつこつと扉が叩かれた。
 夜明けはまだ遠い。
 誰かが訪ねてくる時間ではない。
 診療所に眠る冒険者が起きたのだろうか。

 少し警戒しつつ、私は扉を開ける。
 そこには、一人の女冒険者が立っていた。
 赤髪に凛とした表情。
 杖と鎌で戦う変則型の戦士である。

 名前は確か、ルシアといったか。
 治療の際に全員の名前を教えてもらったのだ。
 彼女一人だけがその場にいた。

 私はなんとなく嫌な予感を覚える。
 不自然な来訪であった。
 ルシアの雰囲気も固い。

 私は内心の考えを出さず、努めて冷静に尋ねる。

「何かありましたか。寒くて眠れないのでしたら毛布を出しますが」

「毛布は別にいい。あんたと場所を移して話がしたい」

 感情を抑えた声。
 少なくない緊張を押し殺していた。

 これは不味い反応だ。
 ルシアは、何か私に不利益なことを握っている。

 すぐにでも排除したいが、ここでそれを実行すると後始末が面倒だった。
 殺害の瞬間を目撃される可能性もある。
 そうなると取り返しが付かない。

 できるだけ穏便に事を進めなければ。
 彼女が接触を図ってきた意図が知りたい。
 こうして一人で話しかけてきたのだ。
 相応の理由があるのだろう。
 どのみち断ることはできない。

「――ええ。いいでしょう。私も、話がしたいです」

「そうか。じゃあ、付いてきてくれ」

 私はルシアの先導で移動する。
 しばらくすると、村の外れに到着した。
 ルシアはそこで足を止める。

 周囲に家屋のない場所だった。
 誰かに話を盗み聞きされることはまずない。
 おまけに木陰となる位置なので、遠目にはまず姿を見られない。

 まさに秘密の話をするのに最適というわけだ。
 やはり何か重大なことを話すつもりなのか。

 ルシアは周囲を見回してから頷く。

「よし、ここなら大丈夫だな。誰もいない」

「それで何の話でしょうか」

 私はルシアに本題を促す。

 展開次第では、ここで彼女を始末する。
 私たちは握手ができる程度の距離にいた。
 体内に生成した猛毒を噴き付けるだけで殺害できる。
 或いは死霊魔術で強引に魂を縛り付ければ、余計な真似をされずに済む。
 相手がどれほどの実力者であろうとも、手段に拘らなければどうとでもなる。
 目撃者も出ないので尚更だった。

 様々な案を考えていると、ルシアはじっと私の目を見る。

「単刀直入に問おう。あんた、人間じゃないだろう?」
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