第40話 死霊術師は迷宮を改良する

文字数 2,358文字

 その日の深夜、私は迷宮の最下層に赴いた。
 剣聖への対策として、迷宮に改良を施すためである。

 現状のままだと間違いなく突破される。
 テテやルシアなど一太刀のもとに斬り伏せられるだろう。
 死骸騎士も討伐されかねない。

 実際に剣聖を見ていないので確定ではないものの、楽観的に考えない方がいい。
 英雄という存在は常識の埒外にいる。

 聖騎士とは、その名の通り聖魔術を扱う騎士だ。
 精鋭に足る者だけに許された役職である。
 剣聖はそんな聖騎士の頂点に立つ者の称号だった。
 アンデッドを扱う死霊術師にとってはまさに天敵といえよう。

 その中でもクロムハート家は、筋金入りの聖騎士一族であった。
 彼らはアンデッドを熟知し、不死殺しに特化している。
 アンデッドを深い憎悪を抱いており、その衝動を糧に無類の強さを獲得したのだ。
 並々ならぬ執念を感じられる。

 無論、純粋な剣術も一流だ。
 聖魔術を抜きにしても英雄に足る強さを誇る。
 過去に戦ったクロムハート姓は、なかなかに手強かった。
 大陸最強の剣士として知られている以上、今代も常軌を逸した実力者なのだろう。

「大丈夫? 何かあったの?」

 テテが私の顔を覗き込んでくる。
 思案する私の雰囲気から何かを察したようだ。

「この迷宮に英雄が来るそうだ。まだ噂の段階だがほぼ確定だろう」

「えっ、それってまずいんじゃないの!?」

 テテは露骨に狼狽える。
 英雄という言葉に驚いていた。
 自身の命運にも直結するのだから当然の反応である。

 この場にはいないが、ルシアに話しても深刻そうな表情になるだろう。
 英雄とは抗えない存在という認識なのだ。
 本質的には魔族と似たような扱いであった。

 私はテテの目を見て伝える。

「だから手遅れになる前に対策を打つ。難しい話ではない。それに英雄なら、過去に何度も殺してきた。君があれこれと気に病む必要はないよ」

「え、英雄を!? あなたって本当に一体……」

 驚嘆するテテを置いて、私は居住区を出る。
 主だった伝達事項は告げられた。
 あとは準備を進めながら指示を送ればいいだろう。

 テテには通常通りに迷宮の管理をしてもらうつもりだ。
 その合間に死霊魔術をいくつか習得してもらおう。
 覚えておいて損はない。
 可能性は著しく低いが、剣聖と対峙する可能性もある。
 その時に自衛するだけの力が無ければ困るだろう。

 それはそれとして迷宮の改良だが、私が手を加えるのは下層のみだ。
 上層及び中層は、一般の冒険者が今まで通りに利用できるように置いておきたい。
 剣聖対策で難易度を上げすぎて過疎化すれば本末転倒だ。
 現状、ほとんど誰も来ない下層なら、攻略を難しくても大勢に影響はない。

 死骸騎士のいる空間に到着した私は、上の階層にいるアンデッドたちに命令を送った。
 しばらくすると新鮮な冒険者の死体が運ばれてくる。
 合計六人の冒険者の死体だ。
 タイミングよく中層で殺された者たちである。

 私はアンデッドたちに死体を解体させると、それらの破片を壁や地面に塗り込めていった。
 こうして死者を愚弄すると、怨念や呪いが沈殿しやすいのだ。

 汚染された空間は、アンデッドにとって有利な環境となる。
 とても居心地がよくなり、汚染の具合によっては不死性も高まるほどであった。

 逆に生者にとっては心身を摩耗する悪環境となる。
 体調不良で済めばまだいい方で、心が弱いと怨霊に肉体を乗っ取られる危険も付きまとうほどだ。

 私は迷宮の下層全域をそういった汚染空間に仕上げるつもりだった。
 剣聖も対策くらいは用意してくるだろうが、それはそれで構わない。
 万全を期して待ち構えるまでだ。

 汚染作業を進める一方、私は死骸騎士の改良に移った。
 このままでも有用だが、剣聖を相手にするとなると些か不安が残る。
 迷宮の中層や下層で生成されたアンデッドのうち、種族的に強めな個体を呼び寄せた。

 死骸騎士の原材料となった死体は弱い。
 そこに新たな種族の肉体を組み込めば、さらなる強化が望める。
 集まった百体ほどのアンデッドを眺めつつ、私は死骸騎士の改良を始めた。

 結果、死骸騎士は三体に増えた。
 素材が余ったので造ったのだ。
 迷宮化によってアンデッドの数には困っていない。
 今は個人戦力の高さを求めているのでちょうどよかった。
 迷宮最強が複数いようが問題ない。
 むしろ理想的であろう。

 性能面は直前までと比べると倍程度にまで上がった。
 加えて常に猛毒の吐息を漏らし、致命的な攻撃を受けると体内の毒液を四散させるように細工した。
 かなり悪辣な設定だ。
 討伐させる気のない状態である。
 たとえ三体の死骸騎士を仕留めようとも、確実に手傷を負わせられる。
 さすがの剣聖でも、容易には突破できないはずだ。

 それが済む頃には、空間内は血肉で汚れ切っていた。
 むせ返るような瘴気が蔓延している。
 空気が淀んでいた。
 霧のような形で可視化されるほどの濃度である。

 素晴らしい。
 ひとまずここの改良は終了しよう。
 他の階層にも手を施さなければ。

 私は部屋を出ようとして、ふと足を止める。
 無言でその場に佇んで思案する。
 熟考の末、私は踵を返して居住区に繋がる通路へ戻った。

 少し気が変わった。
 先に奥の手を用意しようと思う。
 出し惜しみする状況でもない。
 せっかくあちらから攻めてくるのだ。
 少しでも有利な戦場を築いた方がいい。
 迷宮下層の改良はその後だ。

 仄暗い通路を歩きながら、私は奥の手の準備を始めた。
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