第36話 死霊術師は発展を見守る

文字数 2,036文字

 領主からの人材派遣からさらに数日が経過した。
 開拓村に何グループかの冒険者がやってきた。
 彼らは依頼などではなく、純粋に迷宮攻略を目当てに訪れたのだそうだ。

 発見されたばかりの迷宮には、莫大な財宝が眠っていることがある。
 冒険者たちはそれを狙っているようだ。

 ところがやって来たのは、明らかに中堅以下の人間ばかりだった。
 人間時代のルシアより強い者はいないように見えた。
 欲に目が眩んだのだろうか。
 少し見込みが甘すぎる。
 迷宮へ来た暁には、相応の損害を受けてもらおう。
 彼らの死体は役に立つ。

 一方、迷宮は順調に成長しつつあった。
 散発的に侵入してくる冒険者たちを殺害することで瘴気を蓄えている。
 無論、やりすぎないように注意を払っているため、ペースはかなり遅い。
 冒険者の死亡率は二割を切っている。
 それでも進歩は進歩だった。

 冒険者たちはアンデッドの素材や、他の冒険者の遺品を持ち帰っていく。
 過半数が上層を探索して引き返していった。
 中層まで訪れる者は珍しい。
 調査隊がどうなったかを知っているため、不用意に潜らないようにしているのだろう。
 上層は通常のアンデッドばかりが出没する上に、得られる素材も悪くない。
 それだけでも十分な稼ぎなので、わざわざ危険を冒さないようだ。
 この辺りは、診療所経由で情報を入手した。

 余談だが、日中はテテに迷宮の操作を任せていた。
 私が医者の業務でほとんど手が離せないためである。
 村の規模が拡大したことで仕事が増えた。
 迷宮から帰還した冒険者も恒例のように訪れる。
 その状態で留守にするわけにもいかない。
 私以外にも医者はいるものの、まだ人手が足りていない状態であった。

 私はテテに与えていたアンデッドへの命令権を拡張し、さらに多数を操れるようにした。
 アンデッドの使役方法を伝授し、実際に戦闘での指示も任せてみる。

 さらに彼女の片目を死霊魔術で改良し、アンデッドの視界と繋げられるようにした。
 テテの意識一つで、迷宮内のアンデッドの視界と自由に利用可能になった。
 これでテテも半端ながらもアンデッドである。
 本人からの文句などは一切なく、むしろ大層喜ばれてしまった。
 私やルシアと違い、自分だけが人間のままであることが仲間外れのように感じていたらしい。
 近いうちに本格的なアンデッド化を施してもいいかもしれない。

 次々と侵入する冒険者の対応には、当初はテテも手間取っていた。
 しかし、数日の練習で難なくこなせるようになる。
 やはり若者の成長は早い。

 戦闘面での指導はルシアにも頼んだ。
 私とは異なる観点でのアドバイスができるからだ。

 その甲斐もあって、今やテテは立派な迷宮の監督者になった。
 まだ一人前とは言えないものの、安心して任せられる程度の腕前と言える。
 元から優れた才覚を有していたのも大きな要因だ。
 テテを招き入れてよかったと改めて思った。

 ルシアの成長速度も無視できるものではない。
 連日、彼女は冒険者の吸血を繰り返して、数段飛ばしで力を増していた。
 既に平均的な吸血鬼の実力を凌駕しているだろう。
 高濃度の瘴気の中で暮らし、生き血を飲み続けているのが功を奏したらしい。

 彼女の眷属も着々と勢力を拡大している。
 既に中層を主軸とも言えるレベルに達していた。
 私がわざわざアンデッドの修復をせずとも、ルシアが勝手に作り直せるのが便利だ。
 迷宮での私の仕事は確実に減少し始めている。
 このまま半ば独立した状態に持ち込むのが理想だった。

 ルシアが活躍することによって、人工迷宮は"吸血鬼の支配する領域"という認識が広まり始めているらしい。
 吸血鬼という種族はそれだけ著名かつ無視できない存在なのだ。
 さらに言うと、吸血鬼の死骸は余さず高価値な素材となる。
 不老不死の妙薬の材料になるという話もあるほどだった。
 確かに間違いではなく、過去には私も何度か調合した覚えがあった。

 そういった事情が絡んだことで、迷宮の人気は急上昇している。
 村を訪問する冒険者は後を絶たなかった。
 なかなかの盛況ぶりである。

 刻一刻と変わりゆく村と迷宮の様相に、私は密かに満足していた。
 大きな流れは良い。
 上手く舵取りさえできれば、さらなる波に乗ることができる。
 好転に次ぐ好転だ。

 開拓村の面積は私が初めて訪れた頃より一回りも二回りも大きくなっていた。
 村の外周部では、宿のない冒険者が独自にキャンプを行っている。
 おかげで村が魔物に脅かされることもない。

 人々の笑顔が満ち溢れた村の姿に、私は至上の喜びを覚えた。
 理想が近付いていることを、はっきりと感じる。

 そうして調査隊との戦闘からちょうど三十日目。
 ついに念願の迷宮化が発生した。
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