第13話 死霊術師は過去を垣間見る

文字数 2,201文字

「やあ。居心地はどうかな」

 私は前方の人物に声をかける。
 土の椅子に鎮座するテテは、しゃくしゃくと果物を齧りながら微笑した。

「おかげですごく快適よ。この子たちも働き者だし。静かでちゃんと言うことも聞いてくれるの」

 無数のアンデッドに囲まれながらも、テテは心底から満足そうだった。
 既に配下を使いこなしている。
 それが妙に様になっていた。
 偶発的な人選だったが、意外と適性はあるのかもしれない。
 アンデッドの持つ盆から新たな果実を掴むテテを見て、私はふとそう思った。

 ここは人工迷宮の最下層。
 テテの家族を"処理"した後、そのまま移動してきたのだ。
 今回も目撃者はいない。
 昼頃までには発覚するだろうが、それ自体は別に構わなかった。

 一家が丸ごと消えたとなれば、誰もが夜逃げを疑うだろう。
 しかも前日に娘が行方不明となっている。
 何かやましいことがあったのではないか、と推測されそうなものだ。
 少なくとも私の関与に気付く者はいまい。

 今宵の成果を振り返りながら、私はテテに質問する。

「ここでの生活に不満や改善すべき点はあるかな」

「うーん……ちょっとアンデッドが臭うくらい? あとは本当に良い環境よ」

「ふむ。すぐに改善しよう」

 私は迷宮内のアンデッドを集めて、死霊魔術で消臭加工を施した。
 私が医者として使う肉体にも使ってあるものだ。
 これで腐臭は無くなる。
 定期的に施す必要はあるが、大した手間でもない。

 アンデッドを解散させた私は、今度は殺風景な室内を見回す。

「いずれ家具も揃えよう。まだ少し先になりそうだが」

「うん、ありがとう。あなた、優しいのね」

「…………」

 テテの言葉に私は驚く。
 村の一部でなくなった彼女には、最低限の対応しかしていない。
 人工迷宮の管理者に仕立て上げたとはいえ、必須の存在ではなかった。
 何かの気まぐれで始末しても惜しくないと考えているほどだ。

 そんな扱いを優しいと評するとは。
 以前までのテテの生活環境は、よほど劣悪なものだったらしい。

 テテは私の顔をじっと凝視する。

「……最初の時と見た目が違うのね。アンデッドの肉体を自由に使い分けられるの?」

「そうだよ」

「ふーん。ちなみに本体はどこにいるの?」

 投げかけられた純粋な疑問。
 私は即答できず、口を噤んでしまった。

 別に言いたくないわけではない。
 どう答えるべきか分からなかったのだ。

 村で暮らす医者の肉体は、主軸のような運用をしている。
 だが、あれが本体かと訊かれれば否と答えるだろう。
 別に破壊されたところで私の命が脅かされることはない。
 開拓村との縁が切れるのが一番の問題になるくらいだった。

 そうなると私にとっての本体とは何なのか。
 少し考えて、言葉を吟味してから口を開く。

「――遠い静かな場所で眠っているよ」

「眠っている……?」

「ああ。これまでも、そしてこれからもね」

 平穏な日常だけが誇りだった故郷の村。
 今は廃村になったそこには、私の名が刻まれた墓がある。
 もう数十年も前の話だ。

 名を知る人間に尋ねれば、戦争の英雄とでも説明するかもしれない。
 もしくは史上最悪の死霊術師か。
 困った話だ。
 若気の至りである。

 いや、現在の私が死人に等しいだけか。
 死の運命から見放された亡霊。
 亡霊が過去を蔑むべきではない。
 あの頃は確かに真剣に戦い、そして死を迎えたのだ。

 とは言え、それが本体なのかと自問自答すると、やはり首を傾げざるを得ない。
 墓に眠る身体と私には、もはや一切の繋がりもなかった。
 仮に掘り出されて完膚なきまでに破壊されたところで、私には何の不都合も生じないのだから。

 まあ、細かいことはいい。
 雑談の話題にしては些かつまらない類であった。

 思考を切り替えた私はリセナに告げる。

「そんなことより土産がある。好きに使ってくれて構わない」

 私が言い終えると同時に室内へ入ってきたのは、村人の恰好をした数種の死体だった。
 テテの家族である。
 殺害した後、アンデッド化して連れてきたのだ。

「えっ……」

 テテは目を見開いて硬直する。
 取り落とされた果実が地面を転がった。

 変わり果てた家族の姿にショックを受けたのか。
 彼女の表情からは正確な心情を窺えない。

「君が望むのなら、奴隷として酷使できるが。どうしたいかな」

「そんなの決まってる」

 テテは椅子から立って歩き出して、配下のアンデッドから石斧をひったくると、それをかつての家族に叩き付けた。
 家族がよろめき倒れたところに振り下ろす。
 容赦のない殴打がテテの母や父の頭部を砕き割った。
 飛び散った返り血がテテの顔を濡らす。

 テテは涙を流して歓喜しながら、執拗に石斧を動かし続ける。

「あっ、はははっ、はははァッ! ざまあみろッ! 死ね! 消えろ、このクズ共がぁッ!」

 憎悪の羅列を浴びながら、テテの家族は原型を失っていく。
 彼女なりに必要な儀式なのだろう。
 落ち着くのには時間がかかりそうだ。
 しばらくは放っておいた方がいい。

 狂笑の声を背に受けて、私は人工迷宮を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み