第3話 女神の恩寵

文字数 1,515文字

 ナユタ・エルリカ・アルと、ダルシア法王国王女であるサクラ・リイン・ダルシアは、宿屋の食堂にいた。
 サクラがナユタに「なにか食べさせてあげる」と言ったからである。
 最初、サクラは高級料理店に行こうとしたのだが、それはナユタが丁重にお断りをした。
 彼は高級な場所は苦手なのだ。そのため彼らは安宿屋の食堂にいるのである。

「ところで、自称王女様はなぜこんな町にいるのだ?」

 ナユタは聞いた。当然の疑問ではある。
 ここはダルシア法王国とシエルクーン魔導王国との国境近くの町、つまりは王宮から遠く離れた町なのである。

「そうね、しいていえばナユタ・エルリカ・アルという男を探していたの」
「どういう意味だ?」
「あなたのことよ、ナユタ・エルリカ・アル」

 ナユタは警戒して「どういう意味だ?」ともう一度聞いた。

「どういう意味ということもないでしょう? この国で暮らす人間、特に王族にとってはアル家の人間は特別な存在よ」
「魔導書を創って欲しいということか? 親父とお袋は既に死んだ。俺には魔導書を創る能力はないが」

 アル家は代々、魔導書を創ることを生業(なりわい)としている。
 ナユタは運ばれてきた食事を注意深く食べる。なにしろ怪力の彼である。フォークやスプーン、ナイフも注意深く手に取らないと握りつぶしてしまう。

「お父さまとお母さまのことはお聞きしております。悲しい出来事でした。では、あなたはその犯人を探すため旅をしているの?」
「それもあるが、それより前にまずは〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉という女神を探している。あの女神のせいで俺はひどく迷惑をしているのだ」

 というのも、ある日ナユタが『冒険者の泉』のそばで、いつものように雑草を食べていたら、その女神が泉から出てきて『恩寵』なる特別な能力を彼に与えたのである。
 その『恩寵』が今の彼の異常なほどの怪力なのであった。

 そもそも的なことを言うと、泉に『恩寵のコイン』を投げ入れないと神は出てこないし、コインを投げ入れた者以外に『恩寵』を与えることは無いのが普通である。

 〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉という女神には、普通という概念は当てはまらないようだ。
 しかし、驚いたのはその女神の方だったかもしれない。
 ナユタが雑草だと思って食べていた草は『魔導草』という特殊な草であったからである。
 その女神は『魔導草』を食べているナユタを見て、「『魔導草』を生のまま食べている人間を初めてみたぞ。面白い奴だ!」と言って『恩寵』を与えてしまったのである。
 しかも怪力になる『恩寵』である。

 その日以来、ナユタは触るものみな握りつぶしてしまい、何をするにしても注意深く触らなくてはならなくなり、迷惑していたのだ。

 ともかくも、サクラに食事をおごってもらい、彼女が尋常でない大金を宿屋の親父に渡したので、ナユタは宿屋の一室を自由に使えるようになり、宿屋の食堂でタダで食事ができるようになったのである。
 サクラは「また来るわ」と言って、去っていった。満腹になったナユタはご機嫌になり「おおいつでも来てくださいませ、王女様」と言った。

 ナユタは上機嫌のまま宿屋の一室へいき、最近この辺りで流行っている歌を替え歌にして風呂につかりながらうたっていた。

「俺は旅をするよ~♪ 君に会うためさ~♪」

 残念ながら、歌は上手ではない。
 上機嫌で裸のまま風呂からでると、サクラ・リイン・ダルシアが部屋にいた。
 ナユタ・エルリカ・アルは慌てて自分の大事な部分を隠したのであった。

「王女様? 帰ったんじゃなかったんですか?」
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