第19話 王族の娘

文字数 1,280文字

 少年王ミラノはもう用は無いとばかりに神殿の出口へと向かう。
 リリ・ミシア・ナミはミラノの後をついて歩いた。
 二人はアラタ達の前で立ち止まる。

「これはこれは、アラタお兄様、それとマルコ・デル・デソートさん……ですね?」

 ミラノ・レム・シエルクーンは、わざとらしくうやうやしく話しかけた。

「お、お、お……」
「マルコさん、先日はどうも、なるほどアラタお兄様のお友達だったのですね」
「お前、お前は……」

 マルコはかなり動揺している。

「そうそう、アラタお兄様にお伝えしたいことがありました。
 お兄様に王族の権限を付与いたしました。
 いつでも王宮に自由に出入りできます。今度ぜひいらして下さいね」
「王族の権限なんていらない」
「ああ、お兄様、権限付与もいろいろと手続きが大変だったのです。
 お兄様にお見せしたいものもありますし、アル・シエルナ自治領のこともお聞きしたい」
「自治領なんて、お前が勝手に決めたことじゃないか」
「お兄様、僕のことはお前ではなく国王陛下とお呼び下さいね。
 こないだもそう言ったはずですが。
 ああ、お兄様と一緒でしたら、マルコさんも王宮に来て下さって構いませんよ」
「お、お、お、俺、俺は……リリさん、リリさんは……」

 リリ・ミシア・ナミはうつむいて黙ったままだ。
 マルコは、わなわなと震え言葉が続かない。

「それにしても、お兄様、こんなところで会うなんて、どんなめぐり合わせなのでしょうね?
 ここは、お兄様のような人が来るべき場所ではないのですよ」
「来るべき場所ではない? どういう意味だ」
「いえ、僕はお兄様のことを心配しているだけです」

 そして、ミラノはアラタに「それでは、お兄様」と言ってゾンダーク神殿を出て行った。
 リリもそれについていく。

「あいつ、あいつ! リリさんとどういう関係なんだ!」

 マルコは問いただすようにアラタに言った。

「僕に聞かれても知らないよ」

 アラタとしても気になるところではあるが、知らないものは答えようがない。


 女神〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉は、〈ダトゥル=ザ・オ・ゾンダーク〉の彫像に手を掛けた。

「〈ダトゥル=ザ・オ・ゾンダーク〉よ、俺はお前が憎い。
 なぜだ、なぜこんなにも憎いのだ」

 フォウセンヒメは彫像に向かって呟く。
 先ほど、リリへと不快な見てくれの触手を伸ばしたその彫像は、今はぴくりとも動かない。

 憎いという感情が彼女の中を溢れそうになる。
 これは、どこからくる感情なのだろう?

 フォウセンヒメは何かを思い出しそうになる。
 その記憶の糸を辿ろうとすると、糸はふつりと切れた。
 何者かが、彼女の記憶を封印している。

 フォウセンヒメはこの世に生じた後、ほとんどすぐに〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉によって神格を与えられた。
 エスタは、そうした方がより良いであろうと判断したのである。

 女神〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉は本来、人間の王族の娘として生まれるはずだった者である。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み