第17話 聖女と少年王

文字数 1,475文字

 アラタとマルコはその後もあれこれ言い合っていたが、結局、アラタはマルコと一緒にゾンダーク教の神殿に行くことにした。
 マルコがあまりにもしつこいからである。

 中央区域は綺麗に区画された街である。
 行き交う者は上流階級の人々だ。

 マルコはアラタの後ろで、まるで従者のようについて歩いていた。
 普段は先輩ぶるマルコなのだから、前を歩いていてもおかしくないのだが……
 彼はいま、怖気づいている。
 中央区域にはほとんど来たことがなかったからである。

”まあ、あれはアラタ・アル・シエルナ……様?”
”新しく自治領主になったとかいう……?”

 中央区域の人々は、アラタの顔を知っている。
 王宮が魔導で区域放送(ブロードキャスト)したからである。
 あの貧民窟の自治領主か、と人々の好奇の目で見られている。

 人々が好奇の目で見るのには、もう一つ理由があった。
 つい今しがた、この国の国王がここを通ったばかりであったのである。
 この国の国王とは、もちろんあの少年王のことだ。

”それにしても、あの貧しい地域の領主とは……”
”領主様というなら、もう少しまともな服を着ても良いだろうにな……”
”国王陛下も何をお考えになっておられるのでしょう……”
”声が大きい。陛下のことを口にしてはいけない。どこに耳があるか分からない……”

「おい、お前、噂されてるぞ」マルコが話しかける。
「うん。わかってるよ」アラタはイヤそうに答えた。

 この大通りには等間隔にいくつかの噴水と、いくつかの花壇が並んでいる。
 花壇にはこの季節の花々が整然と植えられていた。
 もちろん、それは美しい。

 ただ、アラタやマルコにとっては、整然とした美しさは居心地の悪いものでもあった。
 彼らはもっと雑多で、汚らしくて、それでいて人間らしい街で育ったのである。

 大通りに面してゾンダーク神殿はあった。
 神殿といっても仰々しいものではなく、いたって簡素な建物であった。
 ただ、その外壁は異様なほど真っ白であった。
 清潔な印象といえば、そうであろうけれども、何か人を寄せ付けないような気味の悪さをアラタは感じた。

 いざ、神殿に入ろうとすると、マルコは躊躇した。

「俺、やっぱり入りたくない」
「この中にリリさんがいるの?」
「うん。ゾンダークの病院のやつがそう言ってた」
「リリさん、なんで神殿にいるのかな?」
「ゾンダーク教の巫女だか聖女だかになるとかなんとかって」
「そうなんだ。
 で、どうするの? 入らないで帰る?」
「うううううう」

 マルコは悩んでいた。
 リリ・ミシア・ナミに会いたくないという気持ちと、でも一目だけでももう一度、彼女を見てみたいという気持ちがないまぜになっていた。

「帰る?」
「うう、入るよ、入る」

 二人は思い切って、神殿の中へと入っていった。
 ゾンダーク神殿の中は、たくさんの人がいた。
 神殿に人が集まっているというのは本当のことであったようだ。

 神殿の奥、一段高くなっている場所に薄気味の悪い彫像が立っていた。
 ゾンダーク信徒達が(あが)める神〈ダトゥル=ザ・オ・ゾンダーク〉の偶像である。

 リリ・ミシア・ナミはその彫像の前で祈りらしきものを捧げていた。
 そして、その傍らにミラノ・レム・シエルクーンがいた。
 この国の少年王である。

「あ! あいつこないだの!」

 マルコ・デル・デソートは、やや甲高い声で言った。
 ミラノは振り向き、まっすぐにアラタを見た。

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