第13話 王者の石

文字数 1,463文字

 エスタ・ノヴァ・ルナドートは廃墟となった王城の中を歩いていった。
 城の中は、どこもかしこも魔導草でいっぱいであった。
 この滅びゆく世界で魔導草だけが生い茂っている。

 そして、おそらくもう時間は残されていないのだ。

 エスタは、魔導草をかき分け、かき分け進んでいった。
 その度、草達は花粉を散らす。
 エスタが向かった先には、王座と呼ばれる椅子が据えられていた。
 王座の間である。

 王座と呼ばれるその椅子にも、魔導草は絡み合うように生えていた。

 その、さぞ豪華であったろう椅子の横に人の形をした光る者がいた。
 エスタは一瞬でそれが誰か分かった。
 王妃である。この国の最後の王の王妃だった者の霊魂である。

「ノヴァ!」

 王妃は親し気な声で、エスタ・ノヴァ・ルナドートに話しかけた。

「王妃よ、霊となりこの城を未だ彷徨っているのか?」
「彷徨っている?
 いいえ違うわ。あなたが来たから現れただけよ、
 ずっと、会いたいって思っていたから」
「会いたい?
 私はこの世界を滅びに導いた者よ」
「いいえ、いいえ、あなたのせいではないわ、
 あなたには感謝している。
 私が

を殺してくれて、
 本当に感謝しているの」

 エスタはもうあの

のことを思い出したくは無かった。

「ああ、感謝の言葉を伝えられて良かった。
 ずっと、心残りだったの。
 いま、あなたに会えて良かった」

 あなたに会えて良かったと王妃は言った。
 しかし、私は本当の意味ではこの世界を救うことはできなかった。
 ただ、どうすることもできず、滅びへと導くしかなかった。

 王妃の霊魂は、エスタに微笑みかけ、そして消えた。

「王妃――」

 静かな廃城の中、エスタの声が響いた。
 そして、自然と彼女の目から涙が(こぼ)れた。

 涙は、下に生い茂る魔導草に落ちた。
 すると、一瞬にしてすべての魔導草が消え、涙が落ちた場所に青い石が輝いていた。
 エスタはその石を拾って、その小さな石を抱きしめた。

 もうその世界には、その世界だった場所は『無』になっていた。
 完全なる『無』である。滅びが完了したのである。


***


 気づくとエスタは元の世界にいた。
 マルコとノリスが何のかんのとまだ言い合っているので、
 おそらく、彼女が体験した異界でのことは、ほとんど一瞬の出来事であったのだろう。

 エスタは確か青い光の塊を掴んでいたはずであった。
 しかし、彼女の手に握られていたのは異界で拾った青い石であった。

 青い光の塊は消えていた。エスタはああと思った。
 あの襤褸を纏った老人は、死んだのだ。
 おそらく、シエルクーン魔導王国王城のどこかに捕らえられたまま、死んでいるのだろう。
 そして、この老人を操っていた者、この国の先王だ、彼もまたノリスの言う地下牢でその命が尽きたのだろう。

 エスタはミラノを見る。
 ミラノは無表情であった。

「先王がいま死にました。
 あなたは、これまで彼が生きていたこと知らなかったのですか?」
「ええ、僕は知りませんでしたよ」

 そう。とエスタは呟いた。

 エスタは、異界で拾った青い石を『王者の石』と名付けた。
 異界にて魔導草が『王』を待ち続けた気持ちが塊となった石である。
 そしてその石は、アラタ・アル・シエルナがこの世界の王となるとき、王者の証としてエスタ・ノヴァ・ルナドートから与えられることになる。
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