第26話 黒い鮮血
文字数 1,404文字
その街の荒くれ者のような姿をした男は、ダルシア法王国の国王、ウイト・ウェルギリウス・ダルシアであった。
娘を失い深い傷心の中であったが、いま彼は、隣国であるシエルクーン魔導王国のアル・シエルナ自治領領の路地を歩いている。
共に連れていたのは〈剣聖〉フタバ・ディア・レイクひとりだ。
フタバにとっては、シエルクーン魔導王国は生まれ育った国である。
彼女は、ウイト・ウェルギリウスに付き従っているものの、ダルシア法王国に忠誠を誓っているわけでもない。
法王国王宮・襲撃事件のその後、数日眠ったままでいたウイト・ウェルギリウスは、目を覚ますと〈剣聖〉フタバを連れ隣国へと向かったのである。
向かった先は彼女の父親の元である。
彼女の父親とは、ウキグモ・ジョサ・レイクという男であり、元剣聖であり、冒険者養成所の親方である。
率直に言えば、彼らは彼らを襲撃した者がこの隣国のこの地域にいる者ではないかと疑っている。
ウキグモ・ジョサ・レイクであれば、あれだけの魔導の使い手に心当たりがあるのではと考えたのだ。
〈剣聖〉フタバにとっては久しぶりの父親との再会である。
ウキグモ・ジョサ・レイクは、その日も冒険者養成所の親方として、冒険者のタマゴである子供たちの指導にあたっていた。
ウキグモはフタバを見ると言った。
「何をしにきたのだ?」
実の娘に対して言う言葉にしては情のない言い方ではある。
「アラタ・アル・シエルナがこの辺りの自治領主になったと聞きました」
「そうらしいな」
ウキグモ・ジョサ・レイクは興味なさそうに答えた。
「アラタをなぜ手放したのですか? 彼はあなたの手元に置いておくべきだったのでは?」
「お前には関係のない話しだ。アラタのことを聞きにわざわざ来たのか?」
ウキグモはウイト・ウェルギリウス・ダルシアを見た。
「隣国の王がわしに何か用か?」
「あっしは街の荒くれ者でやんすよ」
ウイト・ウェルギリウスはとぼけて見せた。彼らが会うのはこれが初めてではない。
「そうであったな。お前は荒くれ者だ。で、何の用だ?」
「ダルシア法王国が何者かに襲撃を受けました」
「そうか、それは難儀なことであるな。しかし、わしには関係のない話しだ」
「かなりの黒魔導の使い手でありました」
「だから何だと言うのだ?」
「ウキグモ・ジョサ・レイク様であれば、何かご存知であるのではと」
ウイトがそこまで言うと、唐突に、
元剣聖、ウキグモ・ジョサ・レイクの顔に黒い影が差した。
彼は側に置いてあった剣に手をかけた。
ウキグモの剣からもうもうと甘い香りが立ち込めている。
異界の魔導の匂いである。
「この甘い香りは何だ?」
法王、ウイト・ウェルギリウスが問いただした。
「もう何年も前から、剣から異界の匂いがするようになった」
ウキグモの顔に表れた影は、どんどんと色を濃くしていく。
「わしは、異界の力にあらがい続けてきた、しかし......」
黒い影はウキグモの体を侵食していく。
彼は、影そのもののような黒い塊となっていく。
ウキグモはギリギリと歯ぎしりをした。
「そろそろ、限界であるようだ。すまない、フタバ。そして法王よ」
ウキグモ・ジョサ・レイクはそう言うと、自らの首を斬った。
首から黒い鮮血が飛んだ。
娘を失い深い傷心の中であったが、いま彼は、隣国であるシエルクーン魔導王国のアル・シエルナ自治領領の路地を歩いている。
共に連れていたのは〈剣聖〉フタバ・ディア・レイクひとりだ。
フタバにとっては、シエルクーン魔導王国は生まれ育った国である。
彼女は、ウイト・ウェルギリウスに付き従っているものの、ダルシア法王国に忠誠を誓っているわけでもない。
法王国王宮・襲撃事件のその後、数日眠ったままでいたウイト・ウェルギリウスは、目を覚ますと〈剣聖〉フタバを連れ隣国へと向かったのである。
向かった先は彼女の父親の元である。
彼女の父親とは、ウキグモ・ジョサ・レイクという男であり、元剣聖であり、冒険者養成所の親方である。
率直に言えば、彼らは彼らを襲撃した者がこの隣国のこの地域にいる者ではないかと疑っている。
ウキグモ・ジョサ・レイクであれば、あれだけの魔導の使い手に心当たりがあるのではと考えたのだ。
〈剣聖〉フタバにとっては久しぶりの父親との再会である。
ウキグモ・ジョサ・レイクは、その日も冒険者養成所の親方として、冒険者のタマゴである子供たちの指導にあたっていた。
ウキグモはフタバを見ると言った。
「何をしにきたのだ?」
実の娘に対して言う言葉にしては情のない言い方ではある。
「アラタ・アル・シエルナがこの辺りの自治領主になったと聞きました」
「そうらしいな」
ウキグモ・ジョサ・レイクは興味なさそうに答えた。
「アラタをなぜ手放したのですか? 彼はあなたの手元に置いておくべきだったのでは?」
「お前には関係のない話しだ。アラタのことを聞きにわざわざ来たのか?」
ウキグモはウイト・ウェルギリウス・ダルシアを見た。
「隣国の王がわしに何か用か?」
「あっしは街の荒くれ者でやんすよ」
ウイト・ウェルギリウスはとぼけて見せた。彼らが会うのはこれが初めてではない。
「そうであったな。お前は荒くれ者だ。で、何の用だ?」
「ダルシア法王国が何者かに襲撃を受けました」
「そうか、それは難儀なことであるな。しかし、わしには関係のない話しだ」
「かなりの黒魔導の使い手でありました」
「だから何だと言うのだ?」
「ウキグモ・ジョサ・レイク様であれば、何かご存知であるのではと」
ウイトがそこまで言うと、唐突に、
元剣聖、ウキグモ・ジョサ・レイクの顔に黒い影が差した。
彼は側に置いてあった剣に手をかけた。
ウキグモの剣からもうもうと甘い香りが立ち込めている。
異界の魔導の匂いである。
「この甘い香りは何だ?」
法王、ウイト・ウェルギリウスが問いただした。
「もう何年も前から、剣から異界の匂いがするようになった」
ウキグモの顔に表れた影は、どんどんと色を濃くしていく。
「わしは、異界の力にあらがい続けてきた、しかし......」
黒い影はウキグモの体を侵食していく。
彼は、影そのもののような黒い塊となっていく。
ウキグモはギリギリと歯ぎしりをした。
「そろそろ、限界であるようだ。すまない、フタバ。そして法王よ」
ウキグモ・ジョサ・レイクはそう言うと、自らの首を斬った。
首から黒い鮮血が飛んだ。