第2話 冒険者の泉の女神様

文字数 2,054文字

 この貧しい町で育つ少年・少女は、多くの場合まず冒険者養成所という場所で『冒険者』になる修行をすることになる。

 というのは、一つには『冒険者』になれば一攫千金、大儲けすることができるからである。
 また一つには『冒険者』という仕事は危険であり、中流以上の家庭の子は『冒険者』なんて仕事を選びはしない。
 そしてもう一つには、この貧民窟の住人は厳しい差別の対象にあり、この地域出身であるというだけで通常の仕事につくことはほぼありえないからだ。

 冒険者ギルドは『冒険者』であると認められ得る者であれば基本的に誰でも受け入れる。
 たとえ、貧民窟出身者であっても。
 それゆえに彼らは、まず『冒険者』になることを目指すことになる。

 アラタ・アル・シエルナと女神が出会ったのは、『冒険者の泉』である。冒険者養成所の親方が、そろそろ頃合かと判断すると、修行者は『冒険者の泉』へ行くように言われるのだ。

 泉は森の中にあった。森の中は、太陽の光が地表まで届かない程うっそうと樹木が生い茂っていた。
 光が届かないというのに、その地表には草がびっしりと生えている。
 アラタは草をかき分け歩いていく。

 しばらく歩いていくと、泉があった。その泉の周りだけ草が花を咲かせていた。青い花である。青い花は仄かに青く光る花粉を散らしていた。
 アラタはここが『冒険者の泉』であろうと思った。

 泉に近づくと、彼は親方から渡された『恩寵のコイン』を投げ入れた。
 このコインを泉に投げると神様が出てきて、『恩寵』なる特別なスキルを与えられるという。

 そして、泉から現れたのがあの女神であった。

「(コインを投げ入れたのはお前か?)」
「は、はい。僕です。僕なんですが......」

 僕です。僕なんですが......アラタは言いよどんだ。
 言いよどんだのは、彼が(このおばさん、すごいスケスケの服着てる......しかも、胸がすごくでかい)と思ったからだ。

「(......お前、いま俺のこと『おばさん』て思っただろ?)」
「思ってないです! 思ってないです!」
「(......お前、いま俺のこと『胸がすごくでかい』て思っただろ?)」
「あ、それは思いました!」

 アラタは問い詰められて嘘をついた。『おばさん』と思ったのは本当である。

「(たいていの男は俺の豊満ボディをみて見惚れるものだ。だから、『胸がすごくでかい』と思うのは構わん!)」
「ところで、なんで自分のこと俺っていうんですか!?
「(俺が俺のことを俺といおうがどうしようが、お前には関係なかろう。それより、俺のことを『おばさん』ていうのは決して許さん! 何万年も生きているのは事実だが!)」
「でも、おばさんですよね?」

 つい口を滑らせ、彼はまた『おばさん』と言った。女神はすごい形相をしてアラタの方へつかつかと歩いていった。
 そのあまりの形相にアラタは怖いと思った。
 その瞬間、次元がずれた。

 彼が思わず目をつぶって手を伸ばしたら、柔らかいものが手に触れた。
 何だろうと思ってアラタは目をつぶったまま、それを握ってみた。

「(お前......)」

 アラタが目を開けると、彼が握っていたのは女神の胸であった。

「(お前......俺の胸を掴むとは......たいしたものだな!)」

 アラタは何が起こったのか混乱していた。
 (たいしたもの? 褒められているのでしょうか? いやそんなことは無いですよね......これはきっとすごい怒っています......どうしよう......)
 通常の人間が神に触れることはできない。彼が女神の胸を掴んだのは次元がずれたせいである。しかし、なぜ次元がずれたのであろうか?

 とりあえず、アラタは話題を変えてみることにした。

「あ、あのこの辺りは綺麗な花が咲いていますね......何か青く光ってる」
「(それは魔導草だ。花が咲くのは珍しい)」
「魔導草っていうんですか......とても綺麗ですね」
「(魔導草などどうでもよい。よし、お前には『恩寵』はやらぬ。覚悟しておけ!)」

 女神様はそう言って、泉に戻ってしまった。
 (覚悟しておけ......か、やっぱり相当怒ってる。それと、『恩寵』貰えなかった......これは親方に怒られるぞ、どう説明しよう......)
 少年にとって親方は恐ろしい存在であった。
 『恩寵』を貰えなかった彼は「親方に怒られる。親方に怒られる」と呟きながら、とぼとぼと養成所へと帰っていった。

「(あの少年、この俺の身体に触れるとはどういうことだ......俺は油断してはいなかった......次元がずれた? これは面白い......)」

 女神は心底、面白いと思っていた。
 ちなみに、念のため女神の名誉のためにいっておくと、この女神は絶世の美女であり『おばさん』と思うのはこの少年が少々変わっているかもしれない。

 
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