第29話 魔導大戦

文字数 1,351文字

 〈剣聖〉フタバ・ディア・レイクは、気づくと見たことのない場所にいた。
 これは? と思った。彼女は異界に転送されていたのだ。
 そこは見渡す限り、麦畑であった。

 麦畑か......

 少女がいた。麦畑の中に少女がいた。その少女は猫を抱いていた。

 猫......?

 ここは何? フタバ・ディア・レイクは思った。

「こんにちは、あなたはフタバさんですね?」

 少女が話しかけてきた。

「あ、ああ。私はフタバだ......だが、なぜ私の名前を知っている?」
「私は何でも知ってる。もう何でも知ってるの」

 少女は何でも知ってると言う。
 だから、フタバはちょっと可笑しくなって微笑んだ。

「ここは何?」
「ここはユーフルの麦畑よ」
「ユーフル?」

 聞いたことのない地名だ。

「そう。ユーフル。豊穣の町よ、
 雨が降るちょっと前の時期になると、麦畑が黄金に輝くの」
「黄金に輝く?」
「そう。あなたは黄金の麦畑を見たことがないの?」
「ああ、収穫期の麦畑か、確かに黄金に輝いて見えるな」
「そうなの。それはそれは綺麗。
 私は黄金の麦畑が大好き」

 この少女は一体なんなんだ?
 マーマ・マリアはこの世界の秘密を見せてあげると言った。
 この知らぬ土地に『世界の秘密』があるというのか?
 フタバ・ディア・レイクは不可解に思った。

「あなたはフタバ・ディア・レイク」
「そうだ、なぜ私の名前を知っている?」

 フタバはもう一度聞いた。

「私は知ってるの。
 はるかはるか未来で、私はあなたに会うことになるから」

 はるかはるか未来で......
 何を言っているのか分からない。
 そもそも、未来なんてどうなるか分からないじゃないか。フタバはそう思う。

「未来のことが分かるの?」
「分かる? 分かるってどういう意味?
 私は知っていると言っているだけよ」
「『分かる』と『知っている』はどう違うのだ?」

 少女は笑った。

「そう。ごめんなさい。
 人間とお話しするのが久しぶりだったから」

 そう言って、少女はまたコロコロと笑った。


***


 マーマ・マリアが翼を閉じると、黄金の光は消え室内は薄暗くなる。
 ウイト・ウェルギリウス・ダルシアは黙ったままでいた。

 怪鳥は小さな鋭い目で、ダルシアの王を見た。

「人間とは愚かな生き物であろう?」

 ダルシアの王は、もう何も言わなかった。

 そうだ、我らは愚かな生き物だ。
 シエルクーン魔導王国がおかしいということは、ずっと前から知っていたのだ。
 なぜ、今まで何もせずに来たのか。
 我らは愚かな生き物だ。ダルシア王は心の中で呟く。


 翌日、自国へ戻ったダルシア王は、第七王女、サクラ・リイン・ダルシアの死を国民に伝えた。
 その殺害現場には、シエルクーン魔導王国によるものと思われる魔導痕の波長が残っていたことも同時に発表し、シエルクーン魔導王国を非難する声明を出した。
 ダルシア法王国は喪に服され、多くの国民がサクラ・リイン王女の死を悲しんだ。
 王女、サクラは愛されていた。

 そして後の歴史家の多くから、この際の声明をもって『魔導大戦』が開始されたと解釈されることになる。
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