第28話 世界の秘密

文字数 1,547文字

 大きな怪鳥へと姿を変えたマーマ・マリアは、床に流れたウキグモ・ジョサ・レイクの黒い血を啜った。
 ズ、ズ、ズと音を立てて啜る。
 血を吸いつくすと、今度はウキグモの死骸を食べ始めた。

「マーマ・マリア様、何をなさっておられる、気でも狂われたか?」

 フタバ・ディア・レイクはその獣に問うた。
 しかし、返答は無かった。
 傍らにいた医務官はとうに気を失っていた。
 気の弱いものであれば、死骸を喰らうマーマ・マリアを直視できないだろう。

「不味い。非常に不味い」

 そう言いながらも、マーマ・マリアはウキグモを喰らい続けていた。
 やがてその死骸も喰らいつくした。

 そして、それからその怪鳥は涙を流した。
 召喚獣と呼ばれる獣が涙を流している。
 ウキグモの死を悲しんでいるというのだろうか。

「ウイト・ウェルギリウス・ダルシアよ、汝は自らの国へ帰れ」

 王は、黙ってマーマ・マリアを見定めるように見た。

「王宮を襲撃され、娘を殺されました。黙って帰るわけにもいきませぬ」
「ウイトよ、残念ながらそなたの器量ではこの問題は解決できぬであろう」

 王は、押し黙った。
 彼は己が王の器でないことを知っている。
 まず、彼は優しすぎるのである。
 もちろんそれは、決して悪いことではない。
 平時であれば、好まれる性向であろう。
 実際、これまで彼は国民から好かれた王であった。

 ウイト・ウェルギリウスは自らを不甲斐なくも思う。 

 マーマ・マリアは、フタバの方へ顔を向けた。
 そして、その大きな羽を広げた。
 翼の内側が黄金に輝いていた。まばゆいほどの強烈な光であった。

「フタバ、おいでなさい。この世界の秘密を見せてあげる」

 召喚獣は、フタバ・ディア・レイクをその光の中へ誘った。

「世界の秘密......?」

 フタバはかすかに声を出すと、黄金の光に魅入られた。
 彼女はふらふらとした足取りでマーマ・マリアに近づいていく。
 そして、光に包まれるとフタバは姿を消した。
 マーマ・マリア、その大きな怪鳥は翼を閉じた。

 世界の秘密、それはウイト・ウェルギリウスが若い頃より知りたいと思っていたもの......であるかもしれない。

 この世界には秘密がある。

 彼は若い頃、旅をした。
 若気の至りであったか、その頃、剣聖であったウキグモ・ジョサ・レイクに戦いを挑んだこともあった。

 ああ、俺は世界の秘密に至ることができないのか! ウイト・ウェルギリウスは歯軋りをするように思った。
 怪鳥はフタバにはそれを見せると言う。

 俺は悔しいと思っている......のだろうか?
 ダルシア法王国の王として生まれた俺は......

 ウイト・ウェルギリウス・ダルシアの心の中で感情が渦を巻いた。
 はたから見たら、王は無表情であり、感情を読み取ることはできないのであったが。
 珍しいことである。これまで、ここまで感情を乱すことは無かった。

「この世には知らない方が良いことも多い。
 汝は愚王として生きよ、さすらば己が見たいものに限りなく近づけるだろう」

 怪鳥は王を見てそう言った。

 ―――汝は愚王として生きよ
 ウイト・ウェルギリウス・ダルシアはそう言われ、嘆息した。
 このとき、彼は何を思っただろうか。

 隣国であるシエルクーン魔導王国に何度も足を踏み入れていた。
 この隣国に秘密が隠されていると考えていたからだ。

 彼には見えていないものがあった......かもしれない。
 彼は、己が力を過信していたかもしれない。

 そして実際、後の歴史家達からは彼、ウイト・ウェルギリウス・ダルシアは愚王と称されることとなる。
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