第6話 アラタと少年王

文字数 1,472文字

 アラタ・アル・シエルナは『冒険者ギルドの受付係』であり、かつ『自治領領主』である。
 この12歳の少年が冒険者ギルドの受付係になったのは、ほんの数週間前のことであるし、自治領領主になったのは、ほんの数日前のことだ。
 彼が育ったのはシエルクーン魔導王国の貧民窟と呼ばれる地域である。

 アラタはいま、彼の働く冒険者ギルドにいる。
 そして彼に泣きついている者がいた。
 泣きついているというのは比喩ではなく、本当に泣きながらひっついているのである。

「マルコ先輩、お願いですから離れてください」
「アラタ、そんなこと言うなよう。俺は、俺はこれからどうやって生きていったらいいんだ」

 アラタに泣きついているのは、マルコ・デル・デソートという16歳の男子であった。
 アラタが彼を先輩と呼ぶのは、冒険者養成所時代の先輩だからである。
 この貧民窟と呼ばれる地域で生まれ育つ子供は、たいてい冒険者養成所にて冒険者になる訓練を受ける。彼らは『冒険者』になることを目指すのだ。

 もう少し説明を加えておくと、貧民窟とは被差別地域なのである。
 そのため、この地域で育つ者はまともな職業につくことができない。
 彼らが唯一、稼げる職業が『冒険者』なのだ。
 逆に『冒険者』とは危険な職業であり、中流以上の家庭の子供は『冒険者』になろうなどと思わない。

 アラタやマルコは、そんな地域で育った子供である。
 で、そのアラタより4つ年上のマルコがなぜアラタに泣きついているか? というと、どうも女の子に振られてしまったようなのだ。

「俺は振られてなんかないんだよう。ゾンダーク教の奴らが悪いんだ」

 相手の女の子は、リリ・ミシア・ナミという少女である。
 おそらくマルコと同じくらいの年齢であろう。彼女は修道院病院で働いている。
 その修道院病院を経営しているのがゾンダーク教という宗教団体なのだ。
 ゾンダーク教はここ数十年で勢力を伸ばしてきた新興の宗教団体である。

「マルコ先輩、分かりましたから離れてください」
「お前、自治領主になったんだろ? ゾンダーク教をなんとかしろ!」
「先輩、無茶言わないでくださいよ」

 アラタは、マルコ・デル・デソートをなんとか自分から引き離すと、冒険者ギルドのテーブルの席に彼を座らせた。
 彼はまだ、ゾンダーク教の奴ら絶対許さないとぶつぶつ呟いている。
 リリ・ミシア・ナミに振られた怨みは、彼の中で完全にゾンダーク教へと向けられているようだ。

 もう一度言うが、アラタは『冒険者ギルドの受付係』であり、かつ『自治領領主』である。
 なぜこの少年が『自治領領主』になったのか疑問に思われるかもしれないが、実は彼はシエルクーン魔導王国の少年王の異母兄弟なのだと言えば、少しは納得いただけるかもしれない。
 つまり、この王国王家の血を引いているのである。

 アラタ・アル・シエルナはやや世間知らずな面があった。シエルクーン魔導王国は現在、アラタより年下の少年が国王をつとめている。
 少年王の名は、ミラノ・レム・シエルクーンである。
 アラタが世間知らずだというのは、この国の王がいつの間にか先王からミラノ少年に代がわりをしていたことを知らなかったからだ。
 ちなみに先王を殺害したのは、この少年王である。

 その先王がアルという家の娘に生ませたのがアラタ・アル・シエルナだ。
 そして、アラタの母親、つまり、そのアル家の娘は先王の命令によりシエルクーン魔導王国兵士により殺されているのである。
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