第12話 剣聖の技

文字数 1,365文字

 いつの間にか気絶していたナユタが目を覚ますと、彼はベッドの上に寝かされていた。
 ドラゴもベッドの中で丸くなっている。

「ここはどこだ?」
「冒険者ギルドの救護室っス」

 ベッドの下から声が聞こえた。
 ナユタが体を起こすと、そこにはスライムがいた。救護係のスライムである。

 この貧民窟と呼ばれる地域では、割と普通にスライムが働いている。
 スライムも魔物の一種であるが、彼らは魔界から逃げてきたスライムの子孫だと言われている。
 いつの間にか人間界に適応して、こうやって冒険者ギルドなどで働いているのである。
 貧民窟と呼ばれる地域が、どんな者でも受け入れるという気風があるからでもあるだろう。
 中流以上の者が住む地域で彼らを雇うものはない。

「特にケガをしているわけではないっス。しかし、もう深夜っスから朝まで寝ているといいっス」
「ケガをしていない? 確か体のあちこちに剣が刺さったはずなのだが」
「知らないっス。とにかくケガはしてないっス」

 どういうことだろう? あの女神の【剣の舞い】に俺はやられたはずなのだが……とナユタが考えていると、ドラゴがベッドの中から出てきた。

「ナユタの旦那、あの女神に幻を見せられただけのようだ」
「まぼろし?」
「あの剣も、旦那が流した血も幻だそうだ。旦那は女神様にからかわれたのだよ」
「俺は、あの女神にからかわれたのか?」
「女神に勝てば『恩寵』は消えると言うが、どのみち神に勝てるわけなかろう」
「そうか、俺はからかわれたのか」

 本来、彼はからかわれることが大嫌いである。誰かから揶揄されようものなら、ムキになって怒りだすような性格だ。
 しかし、いま、彼の心の中は静かであった。

 アルという特殊な家に生まれた彼である。ナユタはおのれの力を過信していただろう。
 普段はその力を使うことはないが、彼は自分は強いと思っていたのである。

 相手は神である。ドラゴが言うように勝てる相手ではないかもしれない。しかし、圧倒的な力であった。
 圧倒的な力。ナユタの心の中はあくまで静かである。その圧倒的な力に対する恐怖心すら、いまの彼の中には存在しなかった。

「それにしても、この怪力まったく不便なのだが」
「『恩寵』だ。ありがたく受け取っておけよ」

 そう言ってドラゴはまたベッドの中にもぐり込んでいった。「スライム殿の言うように朝まで寝ようぜ」と彼は言った。


***


 朝になると、クエスト依頼を受けに来る冒険者たちにより、ギルドは賑わいはじまる。
 アラタはすでに受付係の仕事を始めていた。
 ナユタはベッドから起きると、何食わぬ顔をしてアラタの後ろにいる女神に話しかけた。

「よう、女神さん、お前強いな」
「(当たり前だ。俺は武神だ。望むとあらばいつでもまた相手してやるぞ。いまから再戦といくか?)」
「いまからはやめとくよ。俺がもっと強くなったらまた相手してくれや」

 ナユタは自分でそう言ってから、「もっと強くなったらか」ともう一度独り言のように言った。

「そうだ女神さん、あの技、俺に教えてくれないか?」

 あの技とは【剣の舞い】のことである。

「(いやだね)」

 しかし、女神〈フォウセンヒメ〉は即答で断ったのであった。
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