第21話 アル家の当主

文字数 1,424文字

「助けてという声が聞こえた気がするのだが」

 ナユタはドラゴに言った。

「ならば、誰かがお前に助けを求めているのだろう」
「誰もいないのだ」
「ここにはいない何者かと感応したのだろう」
「よく意味が分からないのだ」

 ドラゴはバカにしたような目でナユタを見た。

「む? なんだその目は。バカにしてるのか。猫の分際で!」

 ドラゴは猫扱いされることをとても嫌がるのである。
 分かっていて猫扱いするナユタであった。

「猫じゃねえけど、猫の分際でなどとよくも言ってくれたな。
 ナユタの旦那、オレはまだお前をアル家の当主と認めたわけじゃねえぞ。
 オレ様とやるってえのか?」
「やってやるぜ! 猫ごときにバカにされてたまるか!」

 そう言ってナユタはまだ光っている左手の甲に力を込めた。
 彼は〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉が使った【剣の舞い】のことを思い出していた。
 見よう見まねで【剣の舞い】を繰り出してみたのである。
 ドラゴに向かって。

 無数の剣とまではいかなかったが、いくつかの小さな剣が雪のように舞い、ドラゴに襲い掛かった。
 しかし、その小さな剣はドラゴに当たるとくにゃりと曲がり消えてしまった。

「何をやっているのだお前は」
「何って【剣の舞い】だよ」
「今のがか?」

 ナユタはもう一度、左手に力を込めようとしたが、実はお互い本気で戦うつもりはないのである。

「ナユタの旦那、もうやめようぜ」
「もう一回! もう一回! 試させて」
「面倒だ。旦那ももう16歳だろう? 戦闘ごっこして遊ぶのももうやめだ」

 ナユタとドラゴは、ナユタが幼い頃から『戦闘ごっこ』をして遊んできたのである。
 「もうやめだ」とドラゴが言うので、ナユタは『戦闘ごっこ』はあきらめる

をした。

「いちおう言っておくが、次、猫の分際とか言ったら、オレも本気でやるからな!」

 ドラゴがそう言った瞬間――ナユタは【剣の舞い】

をまた繰り出した。
 小さな剣がドラゴに襲い掛かる。
 やはり剣はドラゴに当たってもくにゃりと曲がってしまったが、一本だけドラゴに刺さったのである。

 ドラゴは落ち着いたふうを装って、刺さった剣を口で咥えて引き抜いた。

「て! め! え! やりやがったな!」

 ドラゴの体から黒いオーラが立ち込めた。

「このクソガキめ! 許さねえぞ!」

 と、そこへこの部屋に入ってきた者がいた。サクラ・リイン・ダルシアであった。

「ちょっと、あなたたち何やってるの?」
「ク! ソ! ガ! キ! め!」
「ごめん。まさか刺さると思わなかったんだ!」
「ゆ! る! さ! ね! え!」
「なに喧嘩してるのよ!」

 ドラゴは黒いオーラの塊になって、ナユタに飛びかかった。
 そして、ナユタの青く光っている左手に噛みついたのだ。
 
「びゃっ痛い。痛いのだ!」
「次やったら、この程度じゃ済まさねえからな」
「分かったのだ! もうやらないのだ!」
「じゃあ、ごめんなさいと言え!」

 ナユタはしぶしぶのような顔でごめんなさいと言う。
 ナユタとドラゴの関係は、ドラゴがさっき言ったように、ナユタが主人というわけではないのである。
 ドラゴはまだナユタをアル家の当主として認めていない。
 と言っても、ナユタ自身も自分が『アル家の当主』になろうなんていう気持ちを持っていないのであったが。
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