その②

文字数 2,865文字

 また斿倭は地を割る。だがアルカディアの動きは早く、割れ目が開き始めた頃には既にそこにいない。

「しまってる!」

 すぐ目の前にアルカディアが立っている。反射的に斿倭は間欠泉を噴射させた。

「……チッ! 運の良いヤツだ」

 タイミングは奇跡的にも重なった。熱湯が代わりに蒸発したのだ。

「でも、ラッキーが常に続くと思うなよな? 次はない!」

 次の斿倭の一手は、隆起である。自分の立っている足元を、昭和新山のように盛り上がらせる。

「………」

 アルカディアと斿倭の間には、崖がある。だから直接斿倭を狙うことはできない。

「なら、この盛り上がった土を消してやる」

 流石のアルカディアでも一度に隆起した大地を全て蒸発させるのは不可能だ。だから彼は部分的に削りを入れた。すると、まるで血が噴き出るかのようにそこからマグマが噴き出したのだ。

「小細工を仕掛けていたか!」

 でもそれも通じない。マグマですら彼の神通力の対象にできるのだ。

「なあ! 俺がどうやってディストピアを倒したか、知りたくないか?」

 ここで唐突に言い出す斿倭。

「全然。興味がないね」
「まあ、そう言うなって」

 関心を持とうとしないアルカディアに対し、それに構わず斿倭は一方的に話を始める。

「実は、倒したかどうかは確認してないんだ。ただ、地表に降りてこなかったから…死んだんだと思うんだけど…。でもそうしたら、どうやって地表から追い出したのかが気になるよな?」
「何が言いたい、斿倭?」

 ここで、地鳴りがする。アルカディアの足に、地面が動く振動が伝わってくる。

「岩盤に乗せて! 火山で打ち! 上げる! これで終わりだ!」

 次の瞬間には、大噴火が起きた。

「うおおおおお?」

 衝撃で動けないアルカディアを乗せて、岩盤が火山噴火のエネルギーで上に押し出される。

「飛んで行きな、宇宙にさ! そして二度と地上に戻って来なくていいぜ!」

 決まった。この戦いを見守る誰もが、特に蓬莱はそう感じた。
 だが、アルカディアの実力はディストピアよりも上。それはただ単に力を比べた場合の序列を表現しているのではない。

「な、ん何!」

 打ち上げられたはずの岩盤が、突然消えたのである。もちろんそれはアルカディアの神通力の仕業だ。

「危ない危ない……。もうちょっと行動が遅れていたら、取り返しのつかないことになっていたよ。でもこの高さから落ちる分には、全然大丈夫だ」

 落下するアルカディアを狙い、撃ち落とそうとすることはできる。しかし実際にそう動いても望んだ結果になるとは限らない。飛び道具が通用しない以上、ただ降りてくるのを見ているしかないのだ。

「……動け、大地よ!」

 でも斿倭は違った。火山弾を撃ち出させてアルカディアを狙う。当然彼の神通力によって岩石は消され、届かない。でも何発も撃ち出す。

「無駄なことを…!」
「無駄じゃない!」

 斿倭のこの行動、真の目的はアルカディアの目を逸らさせることにある。着地する場所は決まっており、もう動かせない。だからその予定地点に罠を張るのだ。

「これは…!」

 部分的に細かく大地を隆起させ、槍を作り出したのだ。

「だが、あなたは僕の神通力を少しも理解していない! その突起ごと蒸発させれば何も問題じゃない! 僕は安全に着地できる!」

 そして、それをやってみせるアルカディア。
 しかし、罠は二重。

「…! ま、マグマが!」

 この槍は薄い地表に設置されている。その下は空洞で、さらに位置が下がるとマグマで満たされているのだ。

「ま、マズい! これでは……」
「ああ、溶けるぜ! 言っておくが、加減はしてない! 岩盤を射出された時点でお前の負けは決まっていたんだ!」
「おおおおおううううう! り、斿倭……あああ!」

 アルカディアの体は、マグマの中に消えた。

「やった!」

 誰もがそう思う。しかし斿倭はまだ安心しない。その最期をちゃんと目で確かめたいのだ。理由は嫌な予感がしてならないためである。

「ふ、不死身か~コイツは! ディストピアもそうだったけど、どうして『黒の理想郷』の神通力はぶっ飛んでるんだよ……!」

 マグマの中で、足掻いているアルカディアの姿があったのだ。まるで泳げない者が海の中で四苦八苦している様子。

「まだ、だ! まだ僕は終わらない! 死ぬのはあなたの方だ、斿倭!」

 神通力を使い、肌に接触するマグマを消して少しずつ崖に迫る。流石に熱さからは逃れられないので、尋常ではないほどの汗をかいている。

「でも、お前は地表には上がれない! 負けだ!」
「違う! 上に戻る術なんていくらでもある!」

 適当に崖に対し、神通力を使う。すると崖が削れ、上の部分が崩れ落ちる。マグマに落ちてもすぐには溶けないから、そこを足場として利用する。

「はあ、はあ! 常に熱い! でも地獄なのはそれだけだ!」

 彼の鋭い目が、斿倭の方を向いた。

「う、うお」

 頭で考えるよりも先に体の方が動いた。間一髪でアルカディアの神通力を避けることに成功し、斿倭の代わりにさっきまで立っていた地面が消える。

「クソ! でももう一度射出して今度こそ追い出せば……!」
「そうはさせない!」

 驚きの跳躍力でアルカディアは地表に帰還する。

「今のは僕も、もう駄目かと思ったよ。あ、焦った。でも、どうってことない! 次はあなただ、絶対に蒸発させてやるよ……!」
「くっ……!」

 斿倭は地中に潜って姿を隠した。しかし、

「それで逃れたつもりとは、笑わせてくれる!」

 マグマに落ちたアルカディアには、ある感覚が理解できていた。それは、岩石の中にいる感覚だ。大体だが、自分が土の中のどの辺にいるのかが、かすかにわかるのだ。それは言い換えれば、地面の下に潜った斿倭の位置を導き出せるのと同義。

「そこだ!」

 大地が蒸発し、斿倭の姿が露わになる。まるでカブトムシの幼虫を掘り当てたかのように。

「えっ、何で……!」

 いきなり視界が明るくなったのだから、斿倭が驚くのも無理はない。

「見つけたよ、やはりそこだったか!」

 身を隠すことのできない斿倭に、アルカディアの神通力が迫る。

「死ね、斿倭!」
「それは断るぜ!」

 だがここでフリーズする斿倭ではない。

(俺は今、大地の中にいるんだ。できることならいくらでもある!)

 それは、マグマで身を包むこと。斿倭はそれで火傷もしないし怪我も負わないからこそできる芸当だ。

「逃れたか……。こう来ると、あなたがディストピアに勝てたってのにも納得がいくね。結構な実力者だ。『黒の理想郷』に、アガルタというコードネームを与えてまでしてでも欲しい人材だ」
「お前らの仲間になるなんて、死んでもお断りだ!」

 斿倭は強く返事をした。

「……そうか!」
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