その①

文字数 3,777文字

 房総半島を望める丘の上に、その廃病棟は存在する。閉鎖された理由は知らないが、『夜空の黄道』は一部を改造して自分たちの拠点としている。本来彼女らにはシャイニングアイランドとは異なる別の本拠地があったのだが、園が崩壊して以降はそこに留まるわけにもいかず、人気のない場所を探し出したのだ。ネット上では幽霊が出るという噂があるが、神通力者にとって一番怖いものは敵の神通力であるので、細かいことは気にしない。

「話はそれだけですか?」

 ニライカナイに質問していて、オフィユカスはそう言った。

「何度聞かれても同じことだ…」

 納得できる内容ではないが、それ以上を知ることができない。
 ニライカナイは分隊の方に所属していた。その部隊のリーダーはディストピア。そして彼が知っている他のメンバーは、アヴァロンとホウライだけ。以前倒したシャンバラとエリュシオンの名前は最後まで出て来なかった。

(『黒の理想郷』が二手に分かれて行動していることはわかりました。しかし、誰がどちらに所属しているのかは、彼は知らされていないようですね……)

 おそらく、相手は情報の漏えいを恐れたのだろう。それに分隊のリーダーが的確な指示を出しニライカナイらもそれに従えば、仲間同士で連携する必要はないと判断したのかもしれない。

「どうも俺には、コイツが隠しているというより、コイツにも隠されている…と感じるな」

 レオが言うと、数人の仲間は頷いた。

「ワチは違うと思うヨン?」

 首を振ったのは、アクエリアスだ。彼はニライカナイが頑なになって仲間の存在を隠していると信じている。横にいたパイシーズも、うんうんと頷く。

「どちらにしてもニライカナイからは、聞き出せそうにありませんね」

 拷問してもいい。相手は『夜空の黄道』の仲間を拉致監禁していたのだから。前のオフィユカスなら、平然と行っただろう。しかし今の彼女はそういうことはしない。

(そうやって得た情報、斿倭が喜ぶとは思えません)

 そういう考えが頭にあったからである。それに何か手を出してニライカナイが暴れ出す可能性もある。環境汚染を引き起こす彼の神通力を安易に使わせるわけにはいかないのだ。
 質問を終えると、スコーピオが弱い毒をニライカナイに与える。睡眠を促すだけの毒で、人体に悪影響はない。

「逃げられないようにはしておきましょう。ここがバレると危険です」


 そして彼をある一室に隔離すると、他のメンバーは元ナースステーションに集まる。

「わかっていることをまとめましょう」

 ここで情報の整理だ。

 今、『夜空の黄道』は全員健在である。ただし、戦力になるかどうかは別問題。誘拐されていた仲間の精神の回復はまだ、完全とは言い難い。
 そして、蓬莱の話やニライカナイから聞き出した情報。『黒の理想郷』のメンバーでわかっているのは彼とディストピア、ホウライ、アヴァロン、シャンバラ、エリュシオン。その内ホウライ…蓬莱は高校に復帰し、ニライカナイはここにいる。残りは既に死亡。

「相手も、もう手加減はしないと思うぜ? 死者が出てるんだからよ…」

 キャンサーの意見は正しい。

「そうね。逆にあなたたちが殺されなかったのが奇跡と思えるわ」

 アリエスの言葉に、

「『黒の理想郷』にも何かしらの思惑があったのかもしれませんね。今となっては無駄ですが…」

 オフィユカスも反応。彼女の中ではそれが引っかかっていたのだ。

「ああ、それなら心配いらない。もう人質はいらなくなったよ」

 廊下の方から、知らない声がしたので一斉に振り向く。

「誰だ!」

 リブラが叫んだ。

「『夜空の黄道』の諸君……。こんな汚いところがあなたたちの拠点だったとはね、星座のように輝いていると思っていたから、驚きだ」

 答えになっていない返事。タウロスが出ようとしたが、オフィユカスが手で制する。

「僕はアルカディア。『黒の理想郷』のリーダーだ」

 相手の方から自己紹介が飛んできた。

「な、何!」

 敵の親玉がここを嗅ぎつけ、やって来たのである。『夜空の黄道』に衝撃が走った。

(既に、バレていたのですか、ここが!)

「おっと、身構えなくていい。僕はちょっとおしゃべりに来ただけさ。まあ構えるのは常識的な反応だろうけどね」
「おしゃべり……?」

 カプリコーンが聞くと、

「近いうちに、全面的かつ徹底的にやり合おうと思っていてね。今日はその告知に来ただけさ」

 つまりは全面戦争が行われることを意味している。

「具体的な日程だけど、あえて教えないよ。常に緊張感を抱いていて欲しいからね。あ、でもその日が来れば一発でわかるさ。そうしたら、水蠆池高校の校庭に来てもらおうか? そこで僕ら『黒の理想郷』とあなたたち『夜空の黄道』、その運命を決めよう。どちらが生き残り、世界を支配することになるのか…」

 その発言の中で飛び出たワードを、オフィユカス聞き逃さなかった。

「世界征服? それが『黒の理想郷』の野望ですか?」
「そうだよ」

 アルカディアもあっさりと認めた。

「僕ら神通力者は、世界をこの手に収める資格…いいや義務があるんだ。外を見てみろ、世界は腐った人間によって動かされる汚い金で溢れている。踊らされる民衆も、愚かで何も考えちゃいない。この世界を、神通力者が変える! そのために支配するんだ」
「具体的には、何をするんですか?」

 オフィユカスは臆することなく、発問を投げた。するとアルカディアも邪険に扱わず拾い上げ、

「排除する。神通力を持たない人間は、この地球上にはいらないんだ」
「暴力的ですね。あなたは再教育の時に歴史を学ばなかったのですか?」
「学んだよ」

 二人が持っている人類の歴史に関する知識は、おそらく同じものだろう。一方は争い合うことの愚かさをそこから学び、もう一方は、

「ついて行けない種は、見捨てるしかないんだ。つまりは神通力を持たない人間は、生存競争に敗れて姿を消す。ただの自然の摂理だよ」

 一度起きた事象が何度も繰り返されることを学んだ。

「逃げてもいいよ。別に戦うことは強制しない。でもね、負け犬に今田が探せるとは思えないな? シャイニングアイランドの復興だって不可能だろう。僕らがいる限り、あなたたちは常に怯えながら暮らすことになるんだ、それでいいのかい?」

 いいわけがない。だからオフィユカスだけでなく『夜空の黄道』が全員、アルカディアを睨みつけた。

「……良い闘志だ。これなら面白くなりそうだよ」
「これであなたたちとの因縁が終わると言うのなら、望むところです!」

 勝負の結果、おそらくどちらか一方しか立っていられなくなるだろう。それは『夜空の黄道』かもしれないし、『黒の理想郷』の場合もある。互いの存在を賭けた戦い、両者ともに生き残る自信があるのだ。

「では今日のところは失礼するよ。僕の用事はもう済んだ」
「待ってください。一つ下のフロアの、廊下の隅の部屋……。そこにニライカナイがいます」

 オフィユカスは、確保したニライカナイの場所を暴露した。理由は簡単で、彼から聞き出したいことが他にないのと、この場所がバレているので逃がせないワケがなくなったためだ。それに仲間のことを思う気持ちは、敵にもあるはず。

「じゃあお言葉に甘えて、彼を回収して行こうかな?」

 そう言ってアルカディアは階段を降りた。
 彼の姿がフロアから消えた時、『夜空の黄道』のメンバーのほとんどが立っていられず床に伏した。

「何というプレッシャーだ…! 心臓の鼓動がバクバクだ…」

 ジェミニが胸を押さえて言う。

「汗が止まらないわ…」

 ヴィルゴも緊張感から解放されて、深呼吸をする。立っていたのはオフィユカスだけだ。

(神通力の存在意義は、他人を傷つけることです。その意味を彼は、世界を支配する力と解釈したということですか?)

 彼女は立ったまま考え込む。アルカディアは確かにそう言った。でも自分は? 一体何のために神通力を使っているのだろうか? そもそもどうして神通力者として存在しているのだろうか? その使命は何だろうか?

 アルカディアはその点、オフィユカスよりもリードしている。他人を傷つけること、すなわち神通力者以外の人間の排除。もしかしたら神通力の一番正しい使い道なのかもしれない。

(ですが……。斿倭はそれを否定していました。神通力は誰かとわかり合える力だと。ならば私も、神通力に何かしらの意味を見出すべきですね…)

 そして仲間の方を向き、思う。

(神通力が他人を傷つけないとは考えられま……。いいえ、その発想は捨てましょう。そして新しい意味を築くんです)

 自分だけの思考で構わない。『夜空の黄道』の仲間に無理強いして共感させようとも思わない。

(私だけの神通力、その力の正体。それはきっと、戦いの中で発見できるのでしょう…)

 斿倭の考えが戦いでわかった時と同じだ。だからオフィユカスは、今はまだわからなくてもいい、近いうちに起きる戦闘の中に意味を見出そうと思った。
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