その③

文字数 2,452文字

「ぐ! うううっ!」

 地面に伏せているとは言え、間近で爆発したのだから蓬莱の体もタダでは済まない。煙の中から急いで抜け出し、立ち上がると、

「こ、こんな馬鹿なことがあるのか……!」

 何とそこには、ディストピアが平然と立っているのだ。

「残念だったな、ホウライ! 私の神通力、私自身が一番よくわかっている。弱点もな。一撃死しかないと踏んだお前がとる行動なんぞ、予想するのに一秒も必要ない。目を閉じればそれで対策できるからな」

 バジリスクの目は確かに死に至らしてる力を持っているのだが、それは目を合わせた者にだけ効果がある。ディストピアはそれを知っていた。

「でもさっきの場合は、視線を逸らす暇などなかったはずでは? あなたの瞼が閉じたようには見えなかった……」
「だから自爆した。態勢を立て直すために、こうして自分の体を爆破し、位置を変える。そしてそのヘビの処理はこれからだ」

 瞼を下ろし、音と空気の感覚だけで蓬莱の場所を把握するとディストピアは突っ込む。頬を殴りつけ、彼が持っていたバジリスクを奪い取ってねじり切る。

「ぐ……」

 ここで蓬莱は防御しようと腕を曲げた。

「そういうことは、意味がない。そのことにまだ気づいていないのか?」

 それを嘲笑うかのように、またディストピアが爆発する。

「うぐああああ!」

 爆風が容赦なく蓬莱の体に突き刺さった。今の爆発で彼の体は、十数メートルは飛び、木に叩きつけられた。

「……つ、強い…!」

 腕に刺さった枝を抜いて、それをマンドレイクに変える。

「悲鳴で私の動きを封じる戦法か? やってみろ」
「ならば……」

 マンドレイクの鳴き声は、聞いた人が気絶するほど凄まじい。蓬莱は自分の神通力なので意識を保っていられるが、ディストピアには効果がある。

(にもかかわらず、やってみろ、だと…?)

 期待はあまりできないが、今はそれしかない。マンドレイクが泣き出した。するとディストピアは、爆ぜる。

「だが自爆しても、次に再生した時にはこの悲鳴を耳にするはず!」

 それは蓬莱の希望的観測でしかない。再生したディストピアは再び爆発する。その時、わずかだが蓬莱に近づく。
 これを繰り返すだけだ。

「だあああああ……」

 目の前で何度も爆発されたために、またも蓬莱は吹き飛ばされた。

「馬鹿なヤツだ。私の神通力を把握していながら、ろくな対策もできないとはな」

 マンドレイクを捕まえたディストピアは、側にあった木も掴んで自爆。両方を粉塵に変えた。

「お前もこうなる。覚悟するんだな」

 ディストピアは爆発こそするのだが、その度に体は無傷の状態に戻る。対する蓬莱は、もうボロボロだ。立っていられるのが奇跡のようである。

「う、ぐううえ…」

 口から血が噴き出した。外だけではなく、内側も限界に近いのだ。

「死期が近いな、ホウライ。これから死ぬ、その心境はどうだ?」
「私は死なない………!」

 強がりではない。蓬莱は確信しているのだ。ここでたとえ体が滅んだとしても、魂までは朽ち果てることはない、と。

「お前に対する最後の同情だ。苦しめず、一気に殺してやる」
「まだ、だ…!」

 懐から、一匹のヘビを取り出した。

「今更それで何ができる?」
「できることはある!」

 ヘビをコカトリスに変えた。

「このヘビは……。あなたが私に与えたヘビ…。斿倭を石化させて、忠誠心を示させるために与えたヘビだ…! 私に間違った決意をさせたヘビだ」

 そしてそれをディストピアに向けて投げた。

「フンッ!」

 腕に噛みついたので、ディストピアは自爆してコカトリスを粉々にした。また爆風が蓬莱を襲い、フラフラだった彼の足を崩した。

「う、ううう……」

 もう立ち上がるための力すらない。

「勝負あったな、ホウライ。通じないとわかっていることにすがるようでは、もうこの状況をひっくり返すことは不可能だ」

 これはディストピアの言う通りだ。何か思いつけても、実行することができない。ディストピアは、フェニックスなどの不死の生物ならこの状況を変えることはできなくても一矢報いることができるかもしれないと考えていた。だからこそ何度も爆発し、音と振動で鳥たちを公園から追い払ったのだ。そしてそのことには蓬莱は気づいていない。

「恨むのなら、愚かな道を歩んでしまった自分の未熟さを恨むんだな。ホウライ、お前は私に従っていればよかった。だから私はお前を育てたというのに……。せめて最後に聞かせてくれ、お前は私を仲間だと思ったことは一度もなかったのか?」

 ディストピアの最後の問いかけ。これに嘘を言い張れるほど、蓬莱は愚かではない。

「私は………。嫌い、じゃなかった……。色々教えてくれるあなたのことを尊敬していたし、あなたのためなら……どんな命令にも従おうと思った……」

 では、何故ここで裏切ったのか。

「でも、私は、気づいたんだ……。あなたの言うことを聞いていても、少しも心が、満たされないことに……。寧ろ逆で、寂しい思いを何度も抱いた…」

 そんな彼の前に、友達と言える人物が現れたのだった。それが斿倭である。

「彼と出会えたから、私の心は燃えることができた……」
「………そうか。もう喋らなくていいぞ、苦しいだろう?」
「いや……」

 言葉で首を横に振る蓬莱。

「私は、いや私たちは、勝つ…!」

 まだ希望を捨てていない目をしていることに、ディストピアは気づく。そしてその瞬間、地面が揺れた。

「…? 地震か? だがお前には、そんなことができる生物を生み出すことはできないはずだ…?」
「だから、私たち、だ…!」

 蓬莱とディストピアの間の地面に亀裂が生じる。そしてそこから、誰かが現れた。

「な? お前は確か、ホウライによって石化されたはず!」


 それは、斿倭だった。
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