その④

文字数 1,963文字

 四発目を撃ち出すために、トリガーに指をかけた。その時だ。常田は違和感に気づいた。

「………な、何? お前、どういうことだ?」

 アルカディアは確かに三発もの弾丸をその身に受けた。にもかかわらず、出血していない。足元の砂が、血で染まっていないのだ。

「お前の神通力は、目で見ていないと使えないはず!」
「それはジョーシキ的に考えて出した結論か? 僕は違うと思うな……」
「違うも何も、お前がそう俺に言っていただろう!」

 確かに、以前アルカディアは自分の神通力の条件を、そのように報告した。

「例外があったんだよ」
「ンッ何ィ?」

 目視の範囲内でしか、対象を捉えることができない。だから目で見ていないといけないと思っていた。

「しかし、実は違う! 目で見ていなくいても、相手の居場所が正確にわかる!」

 そう言われると、音か臭いで判断していると普通は感じる。現に常田は、

「聴覚と嗅覚か! 弾丸は、空気を切る音を出しているし火薬の匂いも! それでわかった、だと?」

 しかしアルカディアは首を横に振る。

「そうじゃない。海が近いこの場所では、波や砂を踏む音が空気を揺らし、潮風が臭いを鈍らせる。弾丸の正確な位置を探る手掛かりにそれらはなり得ない」
「じ、じゃあ、どうやって! 弾の位置を割り出したんだ?」
「そんなことする必要はない」

 返事を聞けば聞くほど、常田は困惑する。

「だったらなおさら! お前は俺の凶弾に倒れないとおかしいじゃないか!」
「はあ……」

 ため息を吐くアルカディア。呆れている証拠だ。

「ここまで愚かな人間に従っていたと思うと、吐き気がするよ。あるじゃないか、目が見えてなくても、僕に向かってくる弾の場所を割り出す方法が!」

 常田は驚いた。その方法がわかったからである。そしてその内容に恐怖するのだ。

「な? ま、まさか、そんな馬鹿な!」
「そう、そのまさか!」

 常田の視線は、アルカディアに向けられている。でも顔を見ているわけではない。弾丸が命中した、その部分を見ているのだ。本来ならば穴が開いて血が流れ出ているはずのその場所は、多少赤くなっている程度である。

「弾丸の方から、僕に当たることで場所を教えてくれた! だから僕は目を瞑っていても神通力を使うことができた!」

 彼が行ったのは、神業に等しいことである。弾が自分の体に命中するその瞬間に神通力を使ったのだ。衝突した際の勢いは少し受けたので、その部分だけ皮膚の下がちょっと腫れている。

「こういうことができるとわかったら、あなたはどうするんだ? あなたの攻撃は全て、無意味と化した! それに生物に使えないんじゃ、得意の神通力も役に立たない」
「まだ、だ! まだ俺にも勝算があ……!」

 喋りながら常田はトリガーを引いた。が、指が動いただけだ。握っていたはずの銃すら、既に消滅している。

「目障りだ、消えろ!」
「ま、待てアルカ……!」

 ここに来ての命乞いだ。常田はアルカディアに手を伸ばしたが、それを拒むかのようにアルカディアは神通力を使った。すると常田の腕が、肘から先がごっそりと消えた。

「う、ウギャアアアアアアア!」

 勝負はついた。

「うるさいな。……と言いたいところだけど、もう何も聞こえないから何も問題じゃないね」

 もう既に常田の姿はない。跡形もなく消滅している。最初からいなかった、と言われても頷ける光景だ。

「さようなら、常田烈。あなたの思惑は、『黒の理想郷』を操るためだけの絵空事だった。でも僕らはそれを実現させるよ。あなたにとっては嘘でもね、それが僕ら『黒の理想郷』が歩むべき道だ。常にそう、僕らは思っている」

 冷たく吐き捨て、アルカディアは海岸から去った。


「どうだった。アルカディア? とは言っても、聞くまでもないことだな」

 帰って来た彼に声をかけたのは、ベンサレムだ。アルカディアが戻ってきたということは、常田を無事に始末できたということ。

「何も感じないね。不思議だ、あんなに忠誠を誓っていたはずなのに。まあ騙されていたとわかればそうなるだろうね、通常は」
「『飼い犬に手を嚙まれる』、か…。ペテン師には相応しい末路だな。ワタシたちも『煮え湯を飲まされ』たのだから」

 常田の自分勝手な願望に付き合わされていたと思うと、腹が立つのはアルカディアだけではない。

「では、これからの方針を決めよう。ベンサレム、みんなを集めてくれ」

 二人の戦いは、誰の目にも入ることがなかった。だが、『黒の理想郷』にとっては重要な一戦だった。命令通りに動き操られてばかりだった『黒の理想郷』が、自らの意志を行動に反映できるようになったのだから。
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