その①

文字数 2,813文字

「二手にわかれようぜ」

 そう提案したのは、斿倭だった。

「一緒に行動していると、一気にやられる可能性がある。それに室内では俺の神通力は、蓬莱の足を引っ張るだけだ。だったらお前だけでも潤一郎を倒す! そっちの方がいい!」
「わかった。きみが言うなら」

 それを受け、蓬莱だけが昇降口に入る。斿倭は校舎の外に残る。

「戦力を分散させた、か!」

 既に斿倭の後ろに、誰かがいた。振り向いた斿倭にその人物は自己紹介をする。

「おれは、平田(ひらた)(ひろし)! きさまをここで倒してやるぞ、覚悟しろ!」
「聞いている名前と違うな…。潤一郎はどうした?」
「きさまの相手なんぞ、おれで十分だ!」

 自信満々の博。その時、空気が動いた。

「風向きが変わった…?」
「勘がいいな、きさまは。そう! おれの神通力は風! だから外で待っていた! 願平は負けたようだが、ありゃ仕方がない。未来が見えているから油断するんだ。でもおれはそういう神通力じゃない! ここで吹き飛ばしてくれる!」

 手を挙げ、そして振り下ろされた瞬間、突風が吹いた。それは斿倭の体を持ち上げ、壁に叩きつけた。

「強い!」

 街路樹が揺れ、葉っぱが散っていくのが見える。相当な暴風だ。

「でも、負けねえぜ!」

 そんな中、斿倭は一歩踏み出した。

「無駄だ! きさまの神通力は地面を操ること! コンクリートで舗装された地面でも関係ないんだろうがな、風を遮ることはできない!」

 しかし、違うと言わんばかりのことを斿倭はしてみせる。自分の目の前にマグマを噴き出させ、一瞬で冷やして柱の状態で岩石にしたのだ。

「………」

 見ていた博は、無言だった。だが驚いて声を失っているのではない。

(やはりこの程度……。おれの敵ではないようだな)

 自分を倒し得ない実力と判断し、呆れて声が出なかったのだ。

「ん?」

 今度は博の足元が揺れ出し、地が割れた。

(何かが出るな、これは)

 感づいた博は、回避行動に出る。しかし前に飛ぶわけでもなければ、後ろでもない。かといって、横でもない。
 なんと、上である。自分の体を持ち上げられるほどの上昇気流を生み出し、間欠泉の射程の外に逃げたのだ。

「空を飛んでいる…?」

 斿倭にはそういう風に見える。

(浮いている相手には、火山弾だ! 撃ち落としてやる!)

 地面が小さな火山に変わり、岩を数発吐き出した。

「そんな小細工が通じると思っているとはな…」

 それをあざ笑うかのように、博は空中を移動し避ける。

「駄目か……。でもお前だって、俺に手出しできないだろう!」
「そうか? おれの意見は違う」

 博は手首をちょっと捻った。すると斿倭に向かって風の刃が飛んだ。

「あ、危ねえ!」

 火山弾でその風を攻撃。するとかき消せたが、火山弾の方も切り裂かれて真っ二つに。

「相打ちか…。いや、こっちから手出しはやはりできない…! どうする、どうするんだ俺……」

 どうしてもマイナス思考が働いてしまう状況だ。それがいかに危険か、斿倭が一番よくわかっている。

「さあ、長引かせるつもりはない! 一気にカタを付けさせてもらおうか、斿倭!」

 右手の人差し指を立てると博は、それをかき混ぜるように動かした。すると、周囲の空気の流れが変わる。渦を巻くように、風が生じる。

「吹き飛ばされる……? ヤバい!」

 斿倭は危機感を抱き、足元の地面を陥没させた。その穴にはまって風から身を守る戦法。しかし、

「そうはさせんぜ!」

 操れる風は、自由自在だ。斿倭の足の裏から、上方向に風が生じる。まるで扇風機の上に立っているかのようだ。そして体が持ち上がった。

「まだだ! まだ大丈夫! これなら…!」

 今度は隆起させ、短い岩の柱を作ってそれにしがみついた。

「どうだ、博! 流石にこれごと吹き飛ばすことはできないだろう!」
「そんなことは必要ないんでね」

 また風の刃を作って飛ばした。岩を掴んでいる斿倭の指に当たると、

「あぎゃあああ!」

 皮膚は破れていないが、切られる感触は十分に脳に伝わってしまった。その衝撃で手が離れた。

「しまったっ!」

 再び持ち上がった斿倭の体。しかも今度は掴めるものはない。完全に宙に浮いてしまった。

「さあて! これからどうしようかな、ん? このまま目を回させてゲロを吐かせるのも手だが、吐しゃ物が飛び散って汚い。では何かに突っ込ませてみるか? でも気を失わなかったら反撃のチャンスを与えてしまう。これは悩むな!」

 博は考えている。確実に勝った、と。

「油断したな、博!」
「あ? もう抵抗のしようがないきさまに、余裕でいて何が悪い?」
「その余裕が、ダメなんだ。隙だらけなんだよ、お前は今!」
「うるせえぞ! 負け犬ぅ! きさまはさっさと降参でもしてい………」

 直後、博の頭に何かが当たった。

「ぐぶじゃあああ? 何だ、これは……?」

 それはあまり硬くなかったし、神通力者は体も丈夫なので死ぬレベルではない。だからタンコブができる程度のダメージに抑えられた。けれども一発だけではなく、二発も三発も博の体に降り注ぐ。

「う、ぐげっ!」

 四発目が当たると、博の体は地面に落ちた。

「火山弾だぜ。さっきからお前に直撃しているのはな!」
「何? だが、地面には火山はない……。どうやって…」
「そりゃあ、ここで噴火させてもお前に邪魔される。でもはるか遠くで噴火していたら?」
「あ? って、まさかきさま!」

 そのまさかだ。風の射程の外に火山を形成させ、そこから博に届くように火山弾を飛ばす。

「そして今! お前は地面に足をつけた!」

 当然、その瞬間を斿倭が見逃すはずもない。瞬時に地を割りそこに博の体を落とし、さらに割れ目を動かして彼の体を挟んだ。

「うぐぐぐぐ………っ!」

 風を起こし、そこから這い出ようとする博だが、ビクともしない。

「無駄だ! もう体は完全に拘束した! 空気の揺れ程度で地面を動かせると思っているのか?」

 数秒もすれば、博は戦意喪失。

「く、クソ…!」

 風が治まり斿倭は地面の上に綺麗に着地。そして博のことを地割れから引きずり出した。

「敵ながら、見事だったな、斿倭! ここは褒めておいてやる」
「称賛の声よりもさ、博……お前があのクラスのボスなのか?」

 この問いかけに、違うと首を横に振って答える。

「じゃあ誰が?」
「すぐにでもわかると思うぜ? でも今日は無理だろうな」
「何でだよ?」

 すると、

「おれたちのことを期待しているから、帰っちまったんだよ」

 どうやら既に学校にはいないらしい。となれば斿倭は蓬莱を昇降口で待つことにした。
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