その④

文字数 2,428文字

 斿倭は、ある人物に遭遇していた。

「オマエが、八重山斿倭だね? よくもホウライのことを!」
「蓬莱がどうかしたのか? っていうか、お前は誰だ?」

 この男は、ベンサレム。ディストピアに蓬莱の教育を頼んだ人物だ。

「オマエのせいでこちらは多大な被害が出てしまった。だからここで必ず始末する!」

 敵意を露わにしたベンサレムは、斿倭に飛びかかる。

「だが!」

 予想できる動きだ。足元の地面からマグマを噴射させて返り討ちにする作戦。
 しかし、ベンサレムも信じられない機動力でマグマを避ける。

「すごい動きだ……!」
「『能ある鷹は爪を隠す』んでね。そしてワタシは一人では戦わない。既に仲間を用意しているのだ」
「何だと…?」

 その仲間とは? ベンサレムは斿倭の後ろを指差した。

「誰だ!」

 振り向いた斿倭。だがそこには、誰もいない。

「『噓も方便』だ……。これでいい!」

 その隙に、ベンサレムは斿倭の肩を叩いた。それ以上はせず、本当にポンっと手を乗せただけ。だが、それで彼の神通力は発揮される。

「あ、あれ? 今のヤツ、どこに行った?」

 首を戻した斿倭は何と、さっきまで目の前にいたベンサレムのことを見失ったのだ。

「おかしい……! ここにいたはず! でも……」

 言うより先に地面が動いた。斿倭の周りが火山と化し、噴火したのだ。もしベンサレムが近くにいるなら、これで確実に溶ける。

「出て来い! どこに行きやがった!」

 叫んだ。すると前方の吹雪の中から、誰かが来る。

「誰だ! って、蓬莱か! 最初のヤツは倒したんだな、安心したぜ!」

 ホッとしている斿倭とは対照的に、蓬莱の顔は青い。

「斿倭……。すぐそこから離れるんだ!」
「は? 何言ってんだよ? 確かにさっきまでは『黒の理想郷』のヤツがいたけど…」
「今もきみの側にいるぞ!」
「え!」

 大声を出した斿倭はキョロキョロした。が、

「誰もいないぜ?」

 嘘を言っているようには見えない。

「いるんだ、きみのすぐ横! 右隣に!」
「右?」

 腕を動かした。ついでに首も振った。でも何もいないし感触もゼロ。

「どうしたんだ、蓬莱?」

 斿倭には、蓬莱がおかしなことを言っているように見えている。

 だが、蓬莱の視点は? それは彼とは全く違う。
 ベンサレムが、本当に斿倭の隣にいるのだ。懐からサバイバルナイフを取り出し、斿倭の首にツンツンと当てている。

「ホウライ? コイツがどうなってもいいのか?」
「いいわけがない、離れろ!」
「しかしなあ……。『親の心子知らず』なんだよ、オマエのとった行動は。サブリーダーで忙しいディストピアに頼んで英才教育を受けさせたというのに、裏切るなんて期待外れだぞ?」

 この会話の間も、斿倭は不思議な表情をしている。まるで蓬莱が、自分には見えない幽霊と会話しているように見えるのだ。
 それもそのはずで、ベンサレムの神通力は自分と相手が干渉できなくなることだ。だから斿倭の方からはベンサレムの姿は確認できないし、ナイフの感触も実は感じていない。逆にベンサレムからも斿倭は見えないので、蓬莱の視線から大体の位置を想像してナイフを動かしている。

「決めたぞ! コイツは死刑! ここで殺す!」

 そうとは知らない蓬莱からすれば、相手から認識できない状況で一方的に攻撃できる状態に見える。今、ベンサレムがナイフを高く掲げた。

「あ、危ない!」

 考えるよりも、神通力を使うよりも先に体が動いた。蓬莱は斿倭のことを突き飛ばした。だが、振り下ろされたナイフは彼の左腕を容赦なく切り付けた。

「うわっ! って、大丈夫か、蓬莱!」

 斿倭からすると、突然蓬莱が切られたように見える。

「ああ、まだ大丈夫だ。だが斿倭、ここは危険だ。すぐに逃げろ!」
「はあ? 駄目に決まってるだろう! 敵は多分透明になって俺の近くにいるんだ! ソイツを叩くまではここからは離れられない!」

 その会話を聞いていたベンサレムは、ニヤついた。

 これが彼の思惑だ。斿倭の神通力は強力であることを知っているから、あえて彼とは戦わない。でも蓬莱はここで仕留める。

「ぐわああああ……」

 今度は蓬莱が蹴り飛ばされた。もちろん斿倭をかばった結果である。

「いい気味だ! このまま死んでしまえ!」

 こんな卑怯な戦い方に、蓬莱が怒らないわけがない。

「斿倭、ちょっと聞いてくれ。今から私が何かをしても、きみは何も言わないでくれ!」
「どういういみ……。ああ、わかったぜ」

 最初は聞き返そうとした斿倭だったが、蓬莱を信じることにした。

「何? 死んでもいいのか、斿倭が!」
「きみにそうはさせない!」

 蓬莱の反撃は、ネズミを取り出すところから始まる。それを神通力で三つの頭を持つ獣…すなわちケルベロスに変えた。

「犬っころでワタシに勝てるとでも?」
「思いあがらないことだな、真に賢いのなら!」

 遠吠えをするケルベロス。いつでも襲い掛かれる距離だが、なかなか駆け出さない。

「脅しか? ワタシに、斿倭への攻撃をやめさせるための。そんなものは『馬の耳に念仏』だぞ?」
「そう見えるのなら、そう信じていればいい!」

 六つもある鋭い目は、ベンサレムを捉えて離さない。

(いつになったら来るんだ?)

 ベンサレムは思った。同時に、今ここで襲い掛かられたら自分も危ないことを認識している。彼の神通力は、他者を直接害せるものではないのでケルベロスに襲われたらひとたまりもない。

(焦らすな…。そういう作戦か! だがそれでは『策士策に溺れる』だぞ?)

 もう我慢する気になれなかったので、ベンサレムの方が先に動いた。隠し持っているのはサバイバルナイフだけではない。拳銃もだ。

「死ね、ホウライ!」
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