その③

文字数 3,435文字

 早い方がいいだろうということで、会議は次の日に開かれた。今日の放課後、潤一郎らは多目的室を占領している。

「三時からだが。おい蒐、占いの結果はどうだ?」

 聞かれた彼女は、ガラポンを回す。

「白玉は、嫌な予感……」

 どうやらよろしくない結果の様子。

「博、様子を見て来い。既に学校の周りには俺が絶滅動物を放ってパトロールさせているが、心配だ」
「任せろ!」

 窓を開けた博は、飛んだ。そして上手い具合に風を起こして校庭に着地する。校門の方を見ると、まだ来ていないようで誰もいない。

「………蓬莱の神通力は…………」

 本人に聞いたことはないし、見たこともない。クラスメイトの正義は知っているらしいのだが、何故か教えてくれない。

「まあ関係ない。潤一郎は、蓬莱は仲間って言ってるんだ。おれはそれを信じるだけだ」

 そして今日の会議を何とか成功させるのが、彼の役目である。上を見ると、結構な数の翼竜が飛んでいる。

「あれに何か起きたら……」

 と言っていると、急に一匹が落ちた。

「攻撃か!」

 覚悟を決め、落とされた翼竜の方に歩み寄る。翼が溶けてなくなっているのだ。こんなことができるのは神通力者以外にはいない。

「今日の会議が、バレている! マズい、潤一郎に連絡だ!」

 懐から携帯を取り出しメールを打とうとした時、その液晶画面に粘々した水滴がかかった。すると画面が煙を上げて溶け始めたのだ。

「うわっ!」

 これには驚かざるを得ない。携帯を手放した。地面に落ちたそれはさらに溶け進んでダイヤルの部分もドンドン消えてなくなっていく。

「誰だ、出て来い!」

 博は神通力を使った。自分の周りに強風を生み出したのだ。

(この中で、俺の方を向いているのが敵だ……)

 それは、木の枝の上にいた。葉の中に隠れていたのが、今の風で露わになったのだ。

「見つけたぜ!」

 すぐに風の刃を生み出し、攻撃する。相手は汚いことに唾を飛ばしてきたが、風のせいで唾液の軌道がズレる。それは博の近くにあったカラーコーンに当たった。一方風の刃はあと一歩のところで避けられ、無関係な枝を切り落とした。

「コーンが溶けてやがる…! これがきさまの神通力か!」
「バレちゃったら、仕方ないな」

 と言って枝から飛び降りた、その女。

「お前はどこの誰だ!」

 その決まり文句に対し、

「俺はシャンバラって呼ばれてるぜ?」
「シャンバラ…? 星座ではないようだが、きさまもシャイニングアイランドの神通力者なのか?」
「そこまで知っているなら話が速い! と言いたいけど違うぜ。シャイニングアイランド? 関係ないね!」
「何? 神通力者はシャイニングアイランドに起源を持つと思っていたが?」
「確かに出身はそこさ。でも他の神通力者とは次元が違うんだよ、『黒の理想郷』はな!」

 確かに彼女の言う通りである。『黒の理想郷』を生んだのは間違いなくシャイニングアイランドだ。しかし彼らは見限り、出て行った集団。

「『黒の理想郷』……? 何だそれは? そこに蓬莱もいるのか?」
「そこまで答える必要があるか、雑魚?」
「言うじゃねえか……!」

 どうやら解説は期待できそうにない。そういう時は問答無用で叩く。

(コイツは、気絶させて連行した方がいいな。尋問をしたい)

 だが、そこまでの道のりがイバラなのだ。またシャンバラは唾を吐き出した。

(あの唾に当たると……溶ける!)

 瞬時に反応し、後ろに下がる博。そして反撃の風を生み出す。

「うぬぬぬ? 結構大げさな神通力じゃないか。でもよ、俺を倒すのには不十分だぜ」
「そうか? おれの意見は違う。お釣りがくると予想するが?」
「はーん、ほざいてろ」

 いきなりしゃがんで姿勢を低くした。立っているよりは風に吹かれないという考えだ。

「それは通じない!」

 しかし博は、足元から上昇気流を発生させることができる。その風はシャンバラの体を持ち上げた。

「どうだ!」
「馬鹿め!」

 強がりかと思えば、そうでもない。唾をまき散らすのには、体は上にある方が好都合。まるでシャワーのように何でも溶かす唾液が放たれた。

「うおおお? 馬鹿な?」

 唾液は風で乱れるのだが、そのせいで軌道が予測できない。服に当たれば溶ける。肌に触れたら、

「ぐう、うぎいいいぃ……!」

 生きながらにして溶かされる感覚を味あわされた。尋常ではない激痛を神経は脳に訴えてくるのだ。

「だ、だが!」

 今度は、風の槍だ。空中にいて身動きの取れないシャンバラにこれをかわす術はない。

「図に乗るな、きさま!」

 当然これはシャンバラの胸に当たり、

「ぐわぁ!」

 ダメージがあった。けれども、

「やっぱり馬鹿だな、お前は?」
「やせ我慢か、ここにき………」

 確かにシャンバラに傷を負わせることに成功はしたのだが、そうすると傷口から血が噴き出すのだ。当然、この血液にも唾液と同じ神通力が働いている。結構な出血、避けられるわけがない。

「し、しまった! うわああおおおおおあおおおお!」

 体のいたるところに血液が付着し、その部分が煙を上げて溶けていく。左の手首がドロッと溶けて腕から落ちた。足も溶けて立つことや動くことすら不可能。

「し……死ぬ……!」

 無意識のうちにそう呟いていた。それぐらい絶望させるには、シャンバラの神通力は十分すぎるほどに強力なのだ。しかも激痛もあって意識が保っていられず、神通力のコントロールも疎かになり出している。風の勢いが徐々に弱まっていくのだ。となると浮いていたシャンバラの体は、博に重なる。同時に防ぎようのない大量の体液を浴びせられ、溶けてしまう。

「ぐえっ!」

 そう言ったのは、シャンバラの方。何かと思って見ると、彼女の左胸を金色の木の枝が貫いている。

「何だコイツは、危ない!」

 カプリコーンが投げた枝だ。錬金術を使って金属にし、撃ち込んだのだ。この衝撃で体の位置がズレ、さらに血の雨が降る中をヴィルゴが駆け抜け、博の体を拾う。

「危ないところだったわ」

 彼女の神通力のおかげで、一瞬で体の形を取り戻した博。

「き、きさまらが話に聞いていた『夜空の黄道』か…」
「助けられておいて、きさま、はないと思うわ」
「ああ、それは済まねえ。ありがとな。…って、そんなことよりもあの、シャンバラって女をどうにかしないといけねえぞ!」

 視線をシャンバラに戻した博であったが、地面に落ちた彼女の体が既に動いていないことに気がつく。ヴィルゴがそっちにも駆け寄ったが、

「駄目だわ。この人は手遅れだわ」

 シャンバラの死を確認したのだった。


 離れたところで、その戦いをエルドラードは見ていた。

「もしもし、ディストピア? 私だ、そう、エルドラード。予定通りシャンバラが来たんだが、もうちょっと早く派遣すべきだったな。『夜空の黄道』が来てしまって、殺されちまったぞ………?」

 すると電話の向こうからは、

「そういう報告はしなくていい。ただ失敗した、とだけ言え」

 冷たい返事が来る。

「わかった。今度からはそうする」

 エルドラードも冷静さを取り戻した。
 だが実際、ディストピアは怒っていた。

「おのれ、『夜空の黄道』め……! 我が同胞を手にかけるとは……許さん!」

 切った携帯を壁に投げつけた。

「ははーん、さては死んだんだ? それとも自分を溶かしたのかな? あ、でもフグは自分の毒では死なないよね。もしそうだったらフグ以下じゃん、シャンバラって」

 アヴァロンはそんなことを笑いながら言った。彼はミニチュアの街に爆竹を投げ込んで遊んでいる。

「……………」

 そんな二人の横で、蓬莱は椅子に座って静かにしていた。

(『黒の理想郷』は、神通力者こそが世界を支配するに相応しいと思っている。でもそれが本当に正しいことなのだろうか? もしも世界が『黒の理想郷』の手に落ちたら、神通力者ではない人たちはどうなる? それこそ溶かされるように消されてしまうのだろうか…?)

 ただ、疑問に思っていた。これから先『黒の理想郷』がしでかそうと思っていることと、自分がいるべき場所は本当にここなのだろうか、と。
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