その⑤

文字数 3,773文字

 しかし、

「確かに蓬莱が俺を石化したのは事実だ。でもよ、アイツはちゃんと帰って来てくれた! もちろん俺が信じたからだ! 蓬莱も俺のことを信じてくれているんだ!」
「少しは学習したらどうだ、斿倭……? 信じることは、結果として裏切りを生む。それが世の中の常だ。お前も……」
「何言ってんだよ? それが、信じるってことだろう?」
「は、は?」

 逆に斿倭が強く言い返す。

「そりゃ、自分のことになったら俺のことをないがしろにだってするかもだぜ? けどよそれが、普通じゃないかよ。俺も蓬莱も、聖人君子じゃない。信頼関係の中では多少の裏切りだってあるだろうな。でも俺は、それでも俺は、蓬莱を信じる!」

 信じるという力は絆を強固なものにし、時として生きるための道しるべとなる。斿倭は常田の戯言を、跳ね除けたのだ。

「こ、コイツ……! ここまでとはな……。だが、俺を倒す手段がないことに変わりはない! 望み通りこのまま続けてやろう………そして死ね!」
「死なねえ! 信じる力は無敵だ!」

 勝負再会。白兵戦では常田の方が有利である。それでも斿倭は一矢報いようとした。

「意味はない!」

 常田がそう叫んだのは、地面が不自然に動こうとしたからだ。もちろん彼は自分の神通力を使ってその動きを止める。

「うおおおりゃああ!」

 その、常田が下を向いたわずかな隙に、斿倭はパンチを炸裂させた。

「ぶうっ!」

 不意に顎を打ち抜かれた常田。

(なるほど、今のは囮か。俺の視線を逸らさせ、自分の攻撃を通すための! しかも止めなかったら地面の動きが俺を襲う! 考えているな……)

 もう一度、斿倭は同じことをしようとした。が、

「だが! お前を完全に絶望させてやる! これで終わりだ!」

 常田はしゃがみ、地面に手のひらを置いた。

「な、何だ……」

 その一瞬、波紋のようなものが校庭に広がった。

「この辺の地面の時を止めてやった! もうお前は地面を動かすことはできない!」
「な、何だって……! そんなことが可能なのか!」

 地面を固定した。これではどう足掻いても、地震の一つも起きない。

「俺はこっちだぞ!」

 下を向いていた斿倭に対し、常田はビンタをする。

「どうだ!」

 さらに膝も腹に入れる。
 でも、斿倭は倒れない。

「しつこいな、コイツは!」
「負け、ねえ……! 絶対に!」

 どんなに攻撃されても斿倭の中の闘志は消えない。

 そして次の瞬間、信じられないことが起きた。
 何と、止まったはずの大地が動いたのである。

「ば、ンッ馬鹿な? 何故だ、どうなっている? 俺の神通力は絶対のはずだ……!」
「違うぜ……!」

 斿倭は答える。

「前に、経験したことがある。俺が弱い考えになっていた時、大地の方から動いたことがあった! それだ!」
「そんな偶然が、ここで起きてたまるか!」
「偶然なんかじゃねえ! 必然だ!」

 その根拠は、

「大地は、生きているんだ!」
「何を言う?」

 斿倭は感じた。自分の神通力は、前にオフィユカスに言われた通り大地を傷つけているのかもしれない。そこから派生し、地球が生きているという概念を生み出したのだ。

「そうか! ガイア理論、か!」

 蓬莱は気づいた。

「確か、地球は巨大な生命体である、という考えですよね? でもそれが……。ああ、そういうことですか」

 オフィユカスも遅れて理解する。わかっていないのはこの場では、常田だけだ。

「地球が生きているのなら! 大地は体の一部だ! 生き物なんだ! だったらお前の神通力じゃ、止められない!」
「そんな屁理屈が通じるとでも思っているのか! 馬鹿げているぞ!」
「馬鹿じゃねえ! 俺の神通力は、自分勝手に地面を操るんじゃない! 大地のその、咆哮を代弁しているんだ! 俺の力は母なる大地の意思だ!」

 大地は生きている。そして斿倭に力を貸してくれている。

「どうだ!」

 ちょっとだけだが地面が割れ、常田はそれに突っかかった。

「クソが! このアホのせいで……!」
「何とでも言ってろ! 大地は俺の味方……いや! 俺が大地の味方だ! もうお前には、止めさせねえ!」

 火山弾が上から降り注ぐ。常田は避けるが、かわし切れずに左肩に被弾。

「ぐうおおおおおお!」

 尋常ではない痛みを感じる。

「これでトドメ、だ! うおおおおお、いっけえええええ!」

 この瞬間、常田の視線は上を向いていた。彼は、斿倭の追撃は上から来ると思っていたのだ。だがその思い込みが致命的だった。

「ぬ、うお?」

 何と逆に地面が陥没した。開いた穴に常田の体が落ちる。

「まさか、マグマか?」

 アルカディアも穴に落ちた時、それにぶち当たった。しかしそうではなかった。穴の底に足をついたと思ったら、さらに地面が陥没して下へ。

「ま、まさか……! 穴の中に閉じ込め……! おおふううう!」

 常田はそのまま、地中奥深くへ封印された。そして二度と地上には戻れなかった。

「よ、よし!」

 勝負あった。穴を元通り塞ぐと斿倭は気が抜けて、背中から倒れそうになった。

「斿倭、やったな!」

 しかし蓬莱が駆け付け、彼の体を支える。

「ああ! もう大丈夫だぜ……!」

 自力で立とうとする斿倭だったが、体が言うことを聞かない。だから蓬莱の力を借りる。

「勝ちましたね……。これで『黒の理想郷』も終わりでしょう。やはりあなたたちと組んで良かったです」

 オフィユカスも勝利の余韻に浸る。


 さて、校庭にはまだ、『黒の理想郷』のメンバーが残っている。ザナドゥ、シャングリラ、ニライカナイ、イーハトーヴの四人だ。オフィユカスは彼らを一か所に集めると、

「どうします? まだ歯向かうのもあなたたちの自由ですが、あまりお勧めはできません」
「だろうな」

 イーハトーヴが代表し、答える。

「常田の野郎がやられたんじゃ、もう俺たちでも勝てはしない。遠慮なく殺せよ」
「しませんよ、そんなことは。寧ろ提案があります」
「と言うと?」
「これからあなたたちは、どうやって生きるつもりでしょうか? きっと当てがないでしょう。そこで、私たち『夜空の黄道』があなたたちを保護し、守る」

 以前の彼女なら、そんなことは言わなかっただろう。寧ろ逆に、積極的に命を狙ったはずだ。

(私にも、斿倭の甘さが移りましたね…。でもそれでいいのです。彼は人を信じると言った。私は人を守るだけなのですから…)

『黒の理想郷』は、オフィユカスの提案を受け入れた。ここで、『夜空の黄道』と『黒の理想郷』の戦いは終わる。

 ちょうど、月が出始めていた。斿倭たちは大地を踏みしめ、校門を出た。近くのコインランドリーに避難していた司やヴィルゴらと合流する。

「わ、私…汚されたわ…」

 泣きながらそう言うヴィルゴのことをオフィユカスは抱き寄せ、

「大丈夫ですよ。あなたの美しさは全然色褪せていません」

 と語り掛けた。その言葉がヴィルゴの心の汚れをいくらか取り除いた。


 後日、学校近くの林に高校のメンバーと『夜空の黄道』らは集まる。

「何度言っても信じてもらえなくてね」
「無理もないです。何も残さず消えてしまったのですから……」

 潤一郎たちの葬式をここで行うのだ。学校も警察も、彼らは行方不明という判断をしたが、実は死んでいることを斿倭たちはわかっている。

「まさか、こんな形になるなんてね……。潤一郎……」

 景子は泣きながら、死んでいった仲間への想いを語った。誰もがそれを静かに聞いた。
 ここに建てられた石碑には、四人の名前が刻まれている。

「彼らの意思を無駄にはできない! 水蠆池高校のみんな、私たちは真に団結し、高校や愛する人を守ろう! そのためにも、新しいリーダーを決めた方がいい」

 蓬莱が言うと、蒐が占いをして、大吉であることを確認すると、言った。

「じゃあさ、蓬莱が適任だよ!」

 誰も反論しなかった。蓬莱は、自分から言い出しておいて彼らをまとめる役になることに躊躇いを感じた。しかし、

「信じてるぜ、蓬莱!」

 斿倭が肩を叩く。すると、覚悟が決まる。

「…ああ、わかった。みんなの思いに応えてみせよう!」

 新たなリーダーの誕生に、『夜空の黄道』は拍手を送る。

「では、行きますよ。私たち『夜空の黄道』のやるべきことはただ一つ……今田様を見つけ出し、シャイニングアイランドを復興することです」

 もしかしたら、この先『夜空の黄道』とはまた顔を合わせることになるかもしれない。でも斿倭たちは、出発する『夜空の黄道』を笑顔で送り出す。

「いいの?」

 蒐が聞くが、

「いいんだ。神通力は、人を傷つけるための力じゃない! それはオフィユカスたちもわかってるはず」

 斿倭はそう答えた。

「その通りだ、斿倭。彼女らはきっと、生き方を変えてくれる。きみの言う通り、今回の騒動を通して知ったんだ。神通力には、他の意味があるってことを!」

 蓬莱も、斿倭の言葉に頷いた。
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