その③
文字数 3,553文字
だが、危険が去ったわけでない。教室では蒐が、
「あっ……!」
声を漏らした。
「どうかしたかい?」
「今ね、占いで良くない結果が出たよ。ちょっと見てみよう」
カバンから大きな水晶玉を取り出すと、その水晶に映像が映し出される。男が階段を登っている。
「……誰だいこれは?」
「知らない。少なくともこの学校の関係者じゃないよ。だってこの水晶に映るのは、不審者だけだから」
「ということは! 『夜空の黄道』!」
安直な発想だが、いい線をいっているのだ。蓬莱はすぐに彼女に、この人物が校内のどの辺にいるかを聞くと、
「行ってくる」
と言い残し教室を出た。
(『夜空の黄道』は、一人だけではなかったらしいな……。守衛に泡を吹かせたアイツは、陽動作戦……。バレるのが当然の囮…)
そしてすぐに探し出した。
「誰だきみは?」
今、蓬莱と向き合っている人物は、リブラ。もちろん『夜空の黄道』の一員だ。
「おや、もうバレてしまったのですか……。もう少し慎重に侵入すべきだったようですね…」
「質問に答えられないのか?」
「答えるような質問じゃないですね」
「ならば無理にでも聞き出そう」
「おっと、やめておいた方が身のためですよ? 被告人、自分から火傷することはありません」
蓬莱の言葉に、リブラは強気で返事をする。
「自分の神通力に自信がある、ということか…」
「ええ、絶対ですよ。僕の神通力は、被告人、あなたの罪を暴きます!」
「罪…?」
リブラはここで、自身の神通力の種を明かしてしまった。
「人には誰でも、罪があります! おそらく地球上で唯一、罪悪感を抱ける生物! ゆえに心に重しがある……それを見せてもらいましょうか? 被告人はどんな罪を持っているのでしょうか!」
言い換えれば、人を裁く神通力。相手の罪の重さに比例して、心を破壊するのだ。この時リブラには、隠し事は全て筒抜けとなるために、何かしらの罪の意識があれば確実に掴まれる。
「では!」
始める、と言いながらもリブラには特別な動きはない。全て彼の心の中に投影されるからだ。
「被告人、嘘吐きですね……。それはいけませんよ?」
「私がいつ、誰を騙したって?」
「斿倭という人物、心当たりがあるでしょう? 被告人は自分のために、彼を騙し利用しようという企みが。おっと、もっと重要なことも見えてきましたよ……フムフム、『黒の理想郷』ですか…」
「何!」
その発言に蓬莱は衝撃を受ける。
(まさか、そこまで見破られるというのか!)
「どうします、被告人? この罪、全てバラしてしまいましょうか? 被告人はきっとここにはいられなくなるでしょう。それも当然、被告人は罪人なのですから!」
脅しに聞こえる発言だが、蓬莱は少し安心した。
(コイツ……一番重要なところには、食いつかないのか。思ったよりも賢明な男ではないな)
蓬莱にとって、『黒の理想郷』のメンバーであることを暴露されるのが一番致命的だ。が、リブラはその単語の重要性に全く気づいていない。それもそのはずで、『黒の理想郷』のことは他の神通力者集団には伝わっていないからだ。
「さあ、どうしましたか? 人を騙している被告人、何か反論は?」
「ここできみを潰す」
ストレートな回答。蓬莱は一歩リブラに近づいた。
「はい、それもまた罪!」
「……ん!」
その瞬間、急に蓬莱の体が重くなった。足に力を入れていても、立っているのがやっとなぐらいに。さらに近づこうとすると、今度は足が持ち上がらない。手も上げられない。
(違う…。心が重い! 私自身のためとは言え、斿倭に嘘を吐いて騙しているのには変わりない…。それが心の枷になっているのか! それと、コイツを叩きのめそうという敵意すら、罪として裁かれているのか……)
おそらく両者だろう。リブラの方は一歩下がり、
「さあて僕は被告人たちの集うクラスに行かないといけませんのでね、ではこれで」
(ま、マズい……。コイツは『黒の理想郷』が何かわかっていないが、その情報を暴露されるのは、今後の私の活動において障害でしかない! ここで逃がすわけにはいかない!)
だが、近づこうとすればするほど、心が重くなり、体も持ち上がらなくなる。
「やめた方が被告人の身のためですよ? 無理に動かそうとすれば、それこそ心に亀裂が入り、そして砕け散る。すると面白いことに、感情の一切が消え失せるのです! 罪は人を廃人にするのですよ」
「罪、か……。いい攻略法を思いついた!」
「無駄ですって………。え……?」
リブラは驚いた。なんと蓬莱が飛び上がったからだ。
「どうして! ぼ、僕の神通力に間違いはない! 被告人は詐欺を平気で働く人間! その罪の重さに耐えられるはずが!」
「考え方を変えた。それだけだ」
蓬莱がしたこと、それは単純だ。確かに彼は斿倭のことを騙して味方につけている。しかしその認識を、ちょっとずらした。
「仲良くやっていくためには、嘘だって時には必要なはず。そして嘘が吐き合える仲は、かなり深い信頼関係ということ! 潤滑油として使っているのであって、自分のためではない! 打ち解けるまでの場繋ぎだ!」
転校した当初蓬莱の心の中には、リブラが暴いた通り自己保身のために斿倭に嘘を吐いているという認識があった。しかし今は、斿倭のために動こうと思える自分がいる。彼を通じてできた友もいる。自分が嘘を吐かなかったら、そういう状態にはなっていない。
「これは、生きる上で仕方がない嘘だ。どんな人でも正直な心だけで生き抜くことなど不可能。嘘は人類の英知、いや騙すこと自体は生物全般が行う当然の行為!」
「そ、そんな言い訳が通じるとでも?」
「通じるさ!」
強い方向に心が流れると、罪悪感が遠のいていく。
「く、この被告人の罪は……」
もっと引き出せば、何かあるかもしれない。リブラはそう思ったから、蓬莱から逃げようとしなかった。しかしそれは誤った選択肢。ここはまず距離を取るべきだった。
「ぶげえっお!」
飛びかかってきた蓬莱がリブラの頬を殴り体を倒すと、のしかかった。
「暴力は罪だろう? とっても重いはずだな?」
結果として、リブラの神通力は作動した。先ほどよりも多くの隠し事を暴き、蓬莱の心を重くすることに成功したのだ。しかし、同時に遅かった。のしかかられてから蓬莱の体が重くなれば、下にいるリブラは押し潰されるだけだ。
「疑問に思ったのだが、きみの神通力は自分の罪を裁かないのかい? いくら善人面しても、人は何かしら犯してると思うのだが?」
返事はない。リブラ、沈黙。
蓬莱はまずエルドラードに連絡を入れる。花壇を飛んでいる妖精がその役割を担っている。
「コイツ……名前は何て言ったか、まあいい。エルドラードに回収してもらおう。『黒の理想郷』のことは、絶対に漏らせない。本来ならここで殺めてしまってもいいが……流石の私もそこまで道は外せないな」
その場を後にし、蓬莱は教室に戻った。
一方その頃校庭では、キャンサーの目覚めを待っている斿倭がいた。
「そもそも『夜空の黄道』って何だよ?」
その疑問を解決するには、当の本人に答えてもらうのが一番早い。レオの時のように逃げられるのが嫌だから、こうして待っているのだ。
「多分、神通力者の集まりなんだろうな、ナイトスキ…違う違う、ナイトスキャイ…でもない。『夜空の黄道』だ。目的は何なんだ?」
それを知ることができれば、危険な相手でもきっとわかり合えるはず。そういう希望が斿倭にはあった。
だが突然、
「うわっ、何だ!」
太陽が急に輝きを増した。熱さは感じないが、信じられない光量に思わず瞼が閉じてしまう。それでも完全に目を守れているわけではなく、手や腕で覆う。
数秒もすれば、輝きは元通りになった。
「何だったんだ今のは……?」
太陽を直接見ることはできない。だが斿倭は頭上を見上げ、それから周囲を確認した。別に火事になっていたり、異常なことにもなったりはしていない。ただ、一人で校庭に突っ立っているだけだ。
「あれ、アイツは?」
眩しい光に包まれる前までは、足元にキャンサーが横たわっていた。それが目を開くと、いないのだ。
「ま、また逃げられた……?」
悔しさのあまり握った拳に力が入り、手のひらに爪が食い込んだ。
「一体何者なんだ、『夜空の黄道』とは!」
詳しく聞くために、一度蓬莱と合流しようと考え教室に戻る。
「あっ……!」
声を漏らした。
「どうかしたかい?」
「今ね、占いで良くない結果が出たよ。ちょっと見てみよう」
カバンから大きな水晶玉を取り出すと、その水晶に映像が映し出される。男が階段を登っている。
「……誰だいこれは?」
「知らない。少なくともこの学校の関係者じゃないよ。だってこの水晶に映るのは、不審者だけだから」
「ということは! 『夜空の黄道』!」
安直な発想だが、いい線をいっているのだ。蓬莱はすぐに彼女に、この人物が校内のどの辺にいるかを聞くと、
「行ってくる」
と言い残し教室を出た。
(『夜空の黄道』は、一人だけではなかったらしいな……。守衛に泡を吹かせたアイツは、陽動作戦……。バレるのが当然の囮…)
そしてすぐに探し出した。
「誰だきみは?」
今、蓬莱と向き合っている人物は、リブラ。もちろん『夜空の黄道』の一員だ。
「おや、もうバレてしまったのですか……。もう少し慎重に侵入すべきだったようですね…」
「質問に答えられないのか?」
「答えるような質問じゃないですね」
「ならば無理にでも聞き出そう」
「おっと、やめておいた方が身のためですよ? 被告人、自分から火傷することはありません」
蓬莱の言葉に、リブラは強気で返事をする。
「自分の神通力に自信がある、ということか…」
「ええ、絶対ですよ。僕の神通力は、被告人、あなたの罪を暴きます!」
「罪…?」
リブラはここで、自身の神通力の種を明かしてしまった。
「人には誰でも、罪があります! おそらく地球上で唯一、罪悪感を抱ける生物! ゆえに心に重しがある……それを見せてもらいましょうか? 被告人はどんな罪を持っているのでしょうか!」
言い換えれば、人を裁く神通力。相手の罪の重さに比例して、心を破壊するのだ。この時リブラには、隠し事は全て筒抜けとなるために、何かしらの罪の意識があれば確実に掴まれる。
「では!」
始める、と言いながらもリブラには特別な動きはない。全て彼の心の中に投影されるからだ。
「被告人、嘘吐きですね……。それはいけませんよ?」
「私がいつ、誰を騙したって?」
「斿倭という人物、心当たりがあるでしょう? 被告人は自分のために、彼を騙し利用しようという企みが。おっと、もっと重要なことも見えてきましたよ……フムフム、『黒の理想郷』ですか…」
「何!」
その発言に蓬莱は衝撃を受ける。
(まさか、そこまで見破られるというのか!)
「どうします、被告人? この罪、全てバラしてしまいましょうか? 被告人はきっとここにはいられなくなるでしょう。それも当然、被告人は罪人なのですから!」
脅しに聞こえる発言だが、蓬莱は少し安心した。
(コイツ……一番重要なところには、食いつかないのか。思ったよりも賢明な男ではないな)
蓬莱にとって、『黒の理想郷』のメンバーであることを暴露されるのが一番致命的だ。が、リブラはその単語の重要性に全く気づいていない。それもそのはずで、『黒の理想郷』のことは他の神通力者集団には伝わっていないからだ。
「さあ、どうしましたか? 人を騙している被告人、何か反論は?」
「ここできみを潰す」
ストレートな回答。蓬莱は一歩リブラに近づいた。
「はい、それもまた罪!」
「……ん!」
その瞬間、急に蓬莱の体が重くなった。足に力を入れていても、立っているのがやっとなぐらいに。さらに近づこうとすると、今度は足が持ち上がらない。手も上げられない。
(違う…。心が重い! 私自身のためとは言え、斿倭に嘘を吐いて騙しているのには変わりない…。それが心の枷になっているのか! それと、コイツを叩きのめそうという敵意すら、罪として裁かれているのか……)
おそらく両者だろう。リブラの方は一歩下がり、
「さあて僕は被告人たちの集うクラスに行かないといけませんのでね、ではこれで」
(ま、マズい……。コイツは『黒の理想郷』が何かわかっていないが、その情報を暴露されるのは、今後の私の活動において障害でしかない! ここで逃がすわけにはいかない!)
だが、近づこうとすればするほど、心が重くなり、体も持ち上がらなくなる。
「やめた方が被告人の身のためですよ? 無理に動かそうとすれば、それこそ心に亀裂が入り、そして砕け散る。すると面白いことに、感情の一切が消え失せるのです! 罪は人を廃人にするのですよ」
「罪、か……。いい攻略法を思いついた!」
「無駄ですって………。え……?」
リブラは驚いた。なんと蓬莱が飛び上がったからだ。
「どうして! ぼ、僕の神通力に間違いはない! 被告人は詐欺を平気で働く人間! その罪の重さに耐えられるはずが!」
「考え方を変えた。それだけだ」
蓬莱がしたこと、それは単純だ。確かに彼は斿倭のことを騙して味方につけている。しかしその認識を、ちょっとずらした。
「仲良くやっていくためには、嘘だって時には必要なはず。そして嘘が吐き合える仲は、かなり深い信頼関係ということ! 潤滑油として使っているのであって、自分のためではない! 打ち解けるまでの場繋ぎだ!」
転校した当初蓬莱の心の中には、リブラが暴いた通り自己保身のために斿倭に嘘を吐いているという認識があった。しかし今は、斿倭のために動こうと思える自分がいる。彼を通じてできた友もいる。自分が嘘を吐かなかったら、そういう状態にはなっていない。
「これは、生きる上で仕方がない嘘だ。どんな人でも正直な心だけで生き抜くことなど不可能。嘘は人類の英知、いや騙すこと自体は生物全般が行う当然の行為!」
「そ、そんな言い訳が通じるとでも?」
「通じるさ!」
強い方向に心が流れると、罪悪感が遠のいていく。
「く、この被告人の罪は……」
もっと引き出せば、何かあるかもしれない。リブラはそう思ったから、蓬莱から逃げようとしなかった。しかしそれは誤った選択肢。ここはまず距離を取るべきだった。
「ぶげえっお!」
飛びかかってきた蓬莱がリブラの頬を殴り体を倒すと、のしかかった。
「暴力は罪だろう? とっても重いはずだな?」
結果として、リブラの神通力は作動した。先ほどよりも多くの隠し事を暴き、蓬莱の心を重くすることに成功したのだ。しかし、同時に遅かった。のしかかられてから蓬莱の体が重くなれば、下にいるリブラは押し潰されるだけだ。
「疑問に思ったのだが、きみの神通力は自分の罪を裁かないのかい? いくら善人面しても、人は何かしら犯してると思うのだが?」
返事はない。リブラ、沈黙。
蓬莱はまずエルドラードに連絡を入れる。花壇を飛んでいる妖精がその役割を担っている。
「コイツ……名前は何て言ったか、まあいい。エルドラードに回収してもらおう。『黒の理想郷』のことは、絶対に漏らせない。本来ならここで殺めてしまってもいいが……流石の私もそこまで道は外せないな」
その場を後にし、蓬莱は教室に戻った。
一方その頃校庭では、キャンサーの目覚めを待っている斿倭がいた。
「そもそも『夜空の黄道』って何だよ?」
その疑問を解決するには、当の本人に答えてもらうのが一番早い。レオの時のように逃げられるのが嫌だから、こうして待っているのだ。
「多分、神通力者の集まりなんだろうな、ナイトスキ…違う違う、ナイトスキャイ…でもない。『夜空の黄道』だ。目的は何なんだ?」
それを知ることができれば、危険な相手でもきっとわかり合えるはず。そういう希望が斿倭にはあった。
だが突然、
「うわっ、何だ!」
太陽が急に輝きを増した。熱さは感じないが、信じられない光量に思わず瞼が閉じてしまう。それでも完全に目を守れているわけではなく、手や腕で覆う。
数秒もすれば、輝きは元通りになった。
「何だったんだ今のは……?」
太陽を直接見ることはできない。だが斿倭は頭上を見上げ、それから周囲を確認した。別に火事になっていたり、異常なことにもなったりはしていない。ただ、一人で校庭に突っ立っているだけだ。
「あれ、アイツは?」
眩しい光に包まれる前までは、足元にキャンサーが横たわっていた。それが目を開くと、いないのだ。
「ま、また逃げられた……?」
悔しさのあまり握った拳に力が入り、手のひらに爪が食い込んだ。
「一体何者なんだ、『夜空の黄道』とは!」
詳しく聞くために、一度蓬莱と合流しようと考え教室に戻る。