その①

文字数 2,253文字

 それはいつもと何ら変わらない日だった。

「今日でもないのかな……?」

 蒐が窓の外を見てそう呟いた。

「そうだな。一体『黒の理想郷』が始めるとかいうその日は、いつのことなんだか」

 寛治も緊張感のない返事をする。それもそのはずで、彼らは参戦しないことになっているからだ。でもそれは、蒐も寛治も命が惜しいから反対したのではない。

「すまない。お前たちの神通力では戦うのは難しいだろう。戦いの後、多分双方が無事では済まされない。その時にお前たちには、この高校のために行動する役割を与えたい」

 潤一郎に止められたからである。これによって蒐や寛治だけでなく、千里、愛子、恒吉、苺、景子らは待機。斿倭、蓬莱、司、友里恵、将元、願平、正義、博、潤一郎が戦う。最初の頃はすぐに駆け付けられるよう、下校時刻ギリギリまで学校に残って粘っていたが、二週間が経っても何も始まらないので、数日前から家で待機することになった。


 そして、始まる。

「な、何だ!」

 この時斿倭は蓬莱の家にいた。テレビを見て時間を潰していたら、突然緊急速報が入り込んだのだ。

「く、九月とは思えない凄まじい寒気が……」

 天気予報士は信じられないという感じの表情で、外の天気を映し出している。

「こんな季節に、大吹雪? 異常気象ってレベルじゃないぞ…? っていうか、今日の朝はそんなこと言ってなかったじゃないか! 気象衛星は仕事してるのか?」

 一般人はそういう感想を述べるだろう。だが二人は違う。

「今日のようだな、斿倭」
「ああ、みたいだぜ…!」

 これは自然現象ではない。神通力によって人為的に起こされた吹雪だ。そういうことができる神通力者が『黒の理想郷』にいることを二人は見抜いたのである。

「携帯の電波は生きている……。ちょうど潤一郎からの招集メールが来たぜ」
「なら行こう! 『黒の理想郷』と決着をつけるんだ」

 二人は高校の校庭に向かった。


「おや?」

 既に校門には、『夜空の黄道』のメンバーの姿が。

「こちらも今、来たところです」
「来たって…。これだけ?」

 人数を絞った斿倭たちだったが、『夜空の黄道』の戦力はもっと少なかった。

「私たちの無力さを痛感しております。ですが誘拐されていた仲間は、まだ完全に回復しきれていないのです。精神面が復活できていなければ、戦いで勝つのは難しい…私がそう判断し、連れて来ませんでした」

 オフィユカスの他には、ヴィルゴとスコーピオだけ。他の仲間は別の場所で待機している。

「少数精鋭なのだな。期待しているぞ…」
「そういうあなたたちこそ、まだ他の人が来てませんけど?」
「………各々の家から学校までの距離はマチマチだ。すぐに来れる方がおかしい」

 蓬莱はすぐにでも校門をくぐろうとした。

「いいのですか? 仲間の到着を待たなくて?」
「そもそもこの戦い、私が『黒の理想郷』を裏切ったことに起因しているんだ。その責任は私にある!」

 そして五人は、雪が舞う校庭に入った。

「死ね、裏切り者!」

 待ち構えていたのは、エルドラード。蓬莱の寝返りに怒り心頭で、この手で息の根を止めるつもりだ。

「………私は、心と絆を裏切るわけにはいかない! 斿倭、オフィユカス! ここは私に任せて、他の『黒の理想郷』を倒せ!」
「わかった!」

 侵入する斿倭たちをエルドラードは追わなかった。眼中にないのだ。

「これでいい。どうしてイーハトーヴの神通力を使わせたか、お前にわかっているか?」
「イーハトーヴ? ソイツがこの吹雪を起こしているのか。さあ、私にはわからないな」
「お前の神通力は知っている。こんな天気に、呑気に外を歩いている生物がいると思うか?」

 いない。冬になればほとんどの野生動物は姿を消す。その冬を、季節や気候に関係なく引き起こせるのがイーハトーヴの神通力なのだ。

「そして舞い散る雪は光を反射する……!」

 エルドラードの手に握られた懐中電灯が、光った。眩い光が蓬莱を襲う。これには目を瞑らずにはいられない。

「もらった!」

 拳が蓬莱の頬を打ち抜いた。だが彼はその攻撃に耐え、立っている。

「きみは……そういう日に私の神通力が無駄になると本気で思っているのか?」
「えぇ…?」

 ポケットにトカゲを忍ばせていた。それを取り出し、伝説動物に変える。

「ドラゴンか! だが私の神通力で、無理矢理隙を作る!」

 また、電灯が光り輝く。するとドラゴンでさえも手で目を覆った。

「どうだ! これでは何もできまい! 死ぬがい……」

 だが、エルドラードの首にドラゴンが飛びかかり、噛みついた。

「なっ! 何故? 場所を把握することなどできないはず…!」
「私が生み出したのは、アンフィスバエナ! 尻尾の先にも顔があるドラゴン! 片方の頭の目晦ましはできても、もう一方の方には頭が回らなかったようだな!」

 その牙が喉の皮膚を少し噛み千切ると、毒を体に注入し始める。

「う、うぐ! この私……が、裏切り者、に…!」

 毒の効き目は絶大だ。エルドラードの体は崩れた。

「危ないところだった。アンフィスバエナは寒さに弱いから、一か八かの賭けだった。エルドラード、きみは多分絆は理解できないだろう」

 この寒さ、毒に侵され気絶した状態を放っておいたら死あるのみだ。だから蓬莱は、合掌し、その場を後にした。
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