その③

文字数 3,239文字

 神通力者同士の戦い。司戦とは比べ物にならないほどの危険がある。そもそも神通力は人を傷つけるためにある力。それが本気でぶつかり合うとなれば、死者が出てもおかしくはない。

(でも、俺を殺したら聞き出したいことは永遠に不明になる。それはレオも避けたいはずだ…)

 もしここで斿倭を殺めたら、蓬莱は逃げるか歯向かうかのどちらかだろう。それをレオが良しと思うわけもない。

 突然、レオが動いた。一気に斿倭との距離を縮めると、手を挙げて襲い掛かる。

「来る!」

 振り落とされる瞬間、一瞬先に斿倭が後ろに下がった。これで十分攻撃を避けることができた。

「な、何…!」

 それは斿倭の思い込みだったのだ。彼の髪の毛が数本、落ちた。切り落とされたのである。しかしそれに驚いているのではない。レオの姿だ。

 何と、レオの爪は獣のように鋭く伸びているのだ。よく見ると、犬歯も牙のように伸びている。

「さっきまでは普通の人間の爪だったのに! これが、お前の神通力か!」
「察しがいいな。これで切り裂かれれば、文句なく死ねるぞ? さあどうする?」
「こうするさ!」

 斿倭の行動はシンプル。自分の神通力を使うだけだ。
 瞬間、地が揺れた。

「うおおお?」

 これには立っていられず、レオは体のバランスを崩し、片手が地面についた。

「よし、そこだ!」

 隙を作らせたので、今度は逆に斿倭の方から迫り、攻撃する。当然レオも爪で反撃してくるため、それをかわしながら、である。

「せいっ!」

 斿倭の拳が、レオの肘に当たった。ダメージを与えるには十分な威力が出せたはずだ。
 しかし、

「……何だ、それだけかよ?」

 レオは痛がっている素振りを見せない。

「効いてないのか…?」

 神通力者は共通して、身体能力が高いはずである。だが、効果がない。

「貴様のような輩と違って、俺たちは日々鍛錬しているんだ。そんなヘナチョコ攻撃で勝ったと思えるとは、頭は間抜けだな?」
「お、俺たち…? お前のようなヤツが他にもいるってのか?」
「さあな?」

 体勢を整えたレオが、再び走りだそうとした。

「くっ!」

 もう手段を選んでいる暇がない。斿倭は地面を叩いた。するとレオの足元の地面が割れた。

「地割れか! 地面を操る神通力を持っているということだな?」

 そのまま割れた地面の中にレオを葬り去ろうという作戦だったのだが、レオは信じられない跳躍を披露したのだ。

「ジャンプしてしまえば、貴様の神通力は俺には届かないな!」

 だが、これは斿倭の想定内。

「いいや、違うぜ? こうすることだってできる!」

 突如、斿倭の目の前の地面が赤くなり、そして噴き出した。

「火山弾をくらえ! 空中ではお前は、軌道を変えることはできない!」

 炎に包まれた火球が、レオ目掛けて飛び出す。

「ほう? それが貴様の奥の手、ってわけだな? だが…!」

 火山弾をレオは自慢の爪で切り裂いてみせる。小粒は避けられなかったのでぶつかるが、それでも大したダメージにはなっていない。

「くらえ!」

 鋭い爪の先が、斿倭に向けられて空から襲ってくる。

「いや、奥の手はこれからだ!」
「何を強が……!」

 しかし、強がりではない。
 斿倭の周りに赤い何かが溢れ出す。それは猛烈な温度があり、近づいただけでも高温であることがわかる。
 マグマだ。斿倭の神通力を使えば、こんな町中であってもマグマを出現させることが可能。

「ば、馬鹿な? こんなことをしたら貴様もタダでは済まないぞ?」
「いいさ! お前を倒して蓬莱を守れるならな!」

 レオはマグマを見て、思わず動きを一瞬止めてしまった。その一瞬を斿倭は見逃さず、自らマグマの中に入る。そしてレオはマグマの中に飛び込んでしまう。

「うぐわあああああああああぢいいいいいいいいい!」

 生きながら焼かれているがために、この世のものとは思えない悲鳴が上がる。もちろん逃げようともがくが、

「大人しくしろ、この!」

 斿倭はまだ溶けておらず、レオの体を押さえつけてマグマの中に引っ張った。

「が、あ………」

 次の瞬間、完全にレオの動きが止まった。同時に伸びた爪や牙は抜け落ち、マグマがそれを燃やす。

「よし……」

 
「斿倭! 大丈夫か!」

 遠くで見ていた蓬莱は思わず走って駆け寄り、叫んだ。

「大丈夫だぜ。俺もコイツを殺す気はないからな……。だからマグマも弱めにしたんだ」
「弱めって、そういう次元じゃないだろう! きみの体は……」
「ああ、これか?」

 マグマはすぐに冷えて黒くなった。これも斿倭がコントロールしている。そしてその黒い溶岩の中から、ひょいっと斿倭は抜け出す。
 その体は、何ともなさそうである。

「どういうことだ?」
「俺の神通力のせいなのか…。俺が操るマグマや間欠泉で、俺は火傷もしないし、溶けないよ。熱さもあまり感じないんだ」

 マグマへの耐性を斿倭は持っていたのだ。

(なるほど……。自分は安全とわかっているが故にできた作戦。一見すると無謀な一手に見えそうだが、ちゃんと計算された行動……。これが斿倭の強さか…)

 レオは気を失っていた。気絶で済んだのは、斿倭の加減のおかげだ。大した火傷もしていない様子。

「コイツが起きたら、色々と事情を聞こうぜ。そうすればスッキリするだろう?」
「そうだな。それがいい」

 頷く蓬莱であったが、考えていることは違う。

(斿倭を使えば、私は大して苦労せずに『夜空の黄道』を退けられるかもしれない…。彼の強さ、利用しない手はない!)

 同時に、花壇の方に目をやった。そこを飛んでいる蝶が一匹、妖精に姿を変える。

(『黒の理想郷』の仲間に、すぐに知らせなければいけない! どこかで見ているはずのエルドラードを探し、攻撃を受けたことを教えなければ!)

 その妖精は、空高く飛んで行った。

(……まだ、斿倭に『夜空の黄道』のことを知られたくはないな)

 そうも考えた蓬莱は、斿倭に念のため保健室に行くことを提案する。

「蓬莱がそこまで言うなら…。怪我はしてないとは思うけど…」
「いや! 髪を切られた時に切り傷ができているかもしれない」

 ほぼ強引に保健室に連れられた斿倭。大した怪我はやはりない。すぐに校庭に向かう。

「さ、速くレオのところに戻ろう……って、あ!」

 肝心のレオの姿がない。

「まさか、目が覚めて逃げちゃったのか?」
「……かもしれない。私が残ってちゃんと見張っておくべきだった」

 その、レオがいたところに、蝶が一匹とまっていた。

(これはサインだ。エルドラードがレオを回収できたという、印。やはり彼はさっきの戦いを見ていたのだな…)

 この日は、不審者が出たということにして斿倭も蓬莱も帰ることにした。


「ご苦労だったな、ホウライ」
「別に。私が相手をしたわけじゃありませんし」

 電話の相手はもちろんディストピア。ホウライは今日の件を報告する。

「で、レオはどうしたんです? 今から東京湾に沈めるんですか?」
「それがな、アヴァロンの神通力を使うことにした。敵ではあるが、同胞である神通力者の血が流れることは嫌なことだからな……」

 会話に出て来たアヴァロンの神通力は、人を十分の一のサイズにしてミニチュアの街に閉じ込めておけるものである。それなら逃げ出さないし、外部と連絡をとることもできない。

「エルドラードが言っていたぞ。お前、中々良さそうな奴に目星を付けたんだってな?」
「斿倭のことですか? 彼の神通力は……」

 斿倭だけではなく、この日までに知り得た神通力の情報を『黒の理想郷』に流す。

「……いい感じだ。その調子で引き続き頑張ってくれよ?」
「了解です」
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