その④

文字数 2,787文字

 今度はオフィユカスの方から積極的に斿倭に近づく。

(少しでも触れれば、それで終わりです。一気に寿命限界まで成長させて、死に至らせます)

 途中、地面の下から植物の根を伸ばして斿倭の動きを妨害する。しかし、

「うおおおおおおおお!」

 少しも彼は弱気になっていない。寧ろ逆で、先ほどよりも明るい顔をしている。

「こ、これは……」

 立ち止まったのは、オフィユカスの方だ。今、地中に伸ばしてあった植物の根の感覚が全て消えた。

(地面の下に、強烈なマグマを用意しましたか。それで地中の根を焼き尽くした、というわけですね…。これは思ったよりも苦戦するかもしれません……)

 それは、その気になればいつでもマグマを噴出させ、地表を焼き払うことが可能であることを意味する。遊園地ごと相手を溶かしてしまうのも、わけないだろう。

「ですが、それで勝ったつもりなら失笑ものです」

 オフィユカスは手に卵を忍ばせている。それを空に投げた。

「今度は何だ?」

 生み出されるのは、ワシだ。大きな翼を広げて大空を飛ぶ。

「空から攻撃するつもりか!」

 この時、必然的に斿倭の視線はワシに向いている。ということは彼は今、上を向いているのだ。オフィユカスはこの状況を作り出したかったのである。

(今です…)

 一気に距離を縮める。そして斿倭の胸に手を伸ばす。

「来ている! ならば!」

 拳を振り上げる斿倭だったが、オフィユカスは恐れない。彼女に触れた瞬間、神通力が働いて斿倭の体は急速に成長し、そして寿命を迎える。相手から触れてきても問題ではない。

「あっ……」

 突然、斿倭の足元の地面が陥没した。オフィユカスはそれに巻き込まれなかったのだが、逆に言えば斿倭に一撃が届かなかった。

「下に逃げたつもりですか?」

 そして彼女は目の前に開いた穴を覗き込む。

「そこまでだ!」

 斿倭の叫びと同時に、火山弾が飛んできた。彼は既にこの穴の中に、火山を形成させていたのだ。そして自分の位置が相手よりも低くなれば、オフィユカスは絶対に覗き込んでくると確信していたのである。

「うあああ……」

 火山弾はオフィユカスの顔と顎に命中。その衝撃で彼女の体は後方に吹っ飛んだ。

「……い、うう…」

 痛みは尋常ではないが、すぐに立ち上がる。まだ終わっていない。

「もうこれで最後です。墓穴を掘ったのは、あなた自身。穴の中では逃げようがありません」

 持っている鳥とヘビの卵を孵し、大きく成長させて陥没した地面の中に向かわせる。だがこれは悪手。冷静なオフィユカスの頭に血が上っている証拠。
 彼女が送り出した生き物が穴に入り込んだ途端に、マグマの火柱が穴から上った。

「く……。ですが、そんなことをすれば、あなたもタダでは済まされないはずです。自分で自分の身を焼いているのと一緒で……」

 口を動かしている最中に、足元の地面にヒビが入っていくのがわかった。

(ま、もしや。地中の中を自在に移動できるとしたら? ここから出てくるということですか!)

 瞬時に後ろに下がって、斿倭の襲撃に備える。手元にはスズメバチの卵が二十個は残っている。顔を出した瞬間に、成虫にして差し向けることは十分に可能。自分の方が速いという自信もある。
 いよいよ亀裂が大きくなり、地面が盛り上がる。

「来ますか」

 そして大地が割れた。その瞬間にオフィユカスはハチを成虫にし、そして地面に向けて飛ばした。この距離ではハチを認識することはできても、避けることなど不可能だ。地の下から現れた物体にスズメバチの毒針が刺さった時、彼女は己の勝利を確信した。

「今度こそ終わりです」

 だがその亀裂から現れたのは、

「タダの岩……?」

 人の形こそしているが、動かない。冷えた溶岩のようで、それだけがそこから出て来たのだ。

「では、斿倭自身はどこに? まさか既に地表にいるのですか?」

 キョロキョロと周りを見たが、いない。空を飛んでいるワシも、何も反応していない。ということは、まだ斿倭は地面の下だ。

「一体どういうこと…………」

 移動しようとしたオフィユカスだったが、その動きが止まった。さっき地中から現れた岩が、動いたように見えたのだ。

「……? 見間違えでしょうか? でもそのようには……」

 目を擦ってもう一度よく見てみる。するとその岩にヒビが入り、砕け散る。

「うおりゃああああ!」

 そして中から斿倭が出て来た。

(そんな……。ブラフではなく、本命……? ハチの毒針を身にまとった岩で遮っていたとは……)

 驚く。同時に彼女は最後の攻撃を仕掛ける。

(ですが、私が触れてしまえばそれでお終いです。これで……)

 一見すると冷静な行動だが、実はそうではない。この時の斿倭が、手ぶらで現れるわけがないのだ。

「くらえええええええええええええええええ!」

 手に、岩石を持っている。オフィユカスに投げつけられたそれは赤くなると同時に弾けた。マグマを閉じ込めた岩石だ。手榴弾のように、外側の硬い岩石を周囲に飛ばすのだ。

「………………………………」

 これをまともに食らったオフィユカスは、無言だった。話の種にもならないほどくだらないから、ではない。このダメージが致命的で、立っている気力すら消し飛んだのである。

「おっと、危ない!」

 崩れる彼女の体を、斿倭は支えた。この時まだオフィユカスには意識があり、その気になれば神通力を使って斿倭のことを殺すこともできた。だが、しない。

「………参りました…」

 負けを認めたのである。

(よく、ここまで頑張れるものです…。感心します、その諦めの悪さに。そしてその気高さに、白旗を揚げましょう。これ以上やっても、私に勝ち目はありません……)

 手持ちの生き物が少なく、長期戦は難しい。対する斿倭は、地球そのものが生きている限り武器となる。圧倒的に分が悪いことをオフィユカスは悟ったのだ。

「立てるか?」
「はい」

 態勢を整えると、オフィユカスが先に喋った。

「殺さないのですか?」
「その必要がどこにあるんだよ! 命の取り合いのために神通力があるんじゃない! 俺はそう信じているんだ!」

 嘘は言っていない。瞳を見ても態度を見ても、口調からもそれが感じ取れる。

「神通力は他の誰かとわかり合えるは力のはず! 誰かを殺すなんて物騒なこと、俺にはできないぜ!」

 この発言に対しオフィユカスが抱いた感想は一言、甘い、である。だがその甘さが、斿倭の強みだ。

「ならば、あなたたちには私たち『夜空の黄道』のことをお話しても構わないでしょう」
「ん? どういう意味だ?」
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