その①

文字数 2,142文字

 タイミングとしては、ニライカナイを倒したのと同じ時刻。ディストピアは蓬莱を連れて外に出ていたのだ。

「……エルドラードから連絡が来た。待伏せしようと先回りしたが、一向に姿を見せないと。そして汚染された大気が晴れると、そもそも誰も向かって来ていないことに気づいたらしい」

 だから、伝説上の生き物を生み出させて敵を探させようというのがディストピアの判断。そしてそれは室内よりも外の方がいい。廃体育館の近くには公園があり、そこに二人は来ている。
 しかしその目論見も潰えた。

「ニライカナイとアヴァロンに、相手が務まるとは思えない。だからこうしてお前を連れ出したわけだ」
「………意味がよくわかりませんが…?」

 外に出て、ここで初めて蓬莱は言葉を発した。

「アヴァロンの神通力はよく知っているだろう? その都合上、あそこにいなければ意味がないのだ。そしてニライカナイの神通力、敵としてはどう頑張っても阻止したいに決まっている。逃がすわけがない」

 つまり、その二人を連れ出すことはできないのだ。

「逃げるのですか?」
「言葉をよく選んだ方がいいぞ、ホウライ。逃げるのではない」
「ですが、もう後がないのでは?」

 環境汚染が止まったということは、ニライカナイの負けを意味する。そしてアヴァロンでは全く戦力にはならないだろう。残っているのは、自分とディストピアだけ。蓬莱の目にはそう映っている。

「……だから、口の利き方に気をつけろと言っているんだ。あんな奴ら、その気になればいつでも始末できる」
「今が、その時ではないのですね…」
「おいホウライ。お前はいつからそういう態度になったのだ? 迎え入れた時はもっと賢明な男だと思っていたが?」

 ここで初めて、ディストピアの口から蓬莱に伝えられる。

「私ら『黒の理想郷』は、六人ではないことを忘れたか?」
「一応知ってはいます、あなたがサブリーダーであるので。けれどもその、残りの面子を見たことがありません」
「これから合流するんだ」

 それがディストピアの思惑。本隊と合流すれば、『夜空の黄道』や高校の連中なんぞ敵ではないという判断だ。

「そこで、だ。少しでも時間を稼ぎたい。この公園にいる生物を、お前の支配下に置け。空想動物を生み出し奴らを攻撃させろ」

 少し待って蓬莱は、

「できません」

 と答えた。

「何ぃ……?」

 意外な返事に、蓬莱の方を振り返るディストピア。

「仲間と合流し、敵を捻り潰す。それに貢献することも拒むと言いたいのか?」

 この問いかけに対し、蓬莱は、

「ずっと、悩んでいました。どうしたら他人と仲良くできるかと。そうしたら、向こうから友好的な態度を示してくれました。あなたはそれを利用しろと言ったし、私も最初はそうしようと思いました」

 ディストピアは異議を唱えず、黙って彼の主張を聞く。

「それで、気がついたのです。彼…斿倭と交流している内に、こういうことを望んでいる自分がいるってことに! 彼に対して嘘を吐きたくないし、傷つけたくもない。もしかしたら記憶を失い神通力者になる前の私は、絆や人との繋がりを大切にする人物だったのかもしれません。記憶と共に絆も捨てさせられたのでしょうね」
「では、『黒の理想郷』はお前の仲間ではないと?」

 ここでようやくディストピアが口を開いた。

「思い返せば神通力者になった後は、ただあなたの言うことを聞いていただけでした。他のメンバーも私と関りがあまり深くはない。そこに絆があると思いますか?」
「どうやら、私の教育がなっていなかった様子だな。ホウライ、チャンスをやる。忠誠心を見せろ」

 これに対し、

「ありません!」

 強く反論した。

「私は……『黒の理想郷』ではない! 斿倭たち、彼らの仲間! やっと抱けた絆をここで捨てるつもりはない!」

 その言葉は、ディストピアにあることを理解させるのには十分だった。

「……そうだな。お前はもういらん。ここでゴミを片付けてやろう……」

 この時のディストピアは、表に出さないだけで少し複雑な気持ちだった。裏切り者は容赦なく始末するべきだ。だが、よりにもよってその相手が手塩に掛けてきた蓬莱なのだ。

「私はここであなたを倒し、斿倭の元へ凱旋する!」

 しかし向かい合う蓬莱の心は少しも絡まってなどいない。自分のいるべき場所を見い出せたのだから、そこに戻りたいという真っ直ぐな意思が、彼の中にあるのだ。

「できると思っているのか、ホウライ? お前が私に勝つと?」
「できる!」

 即答した。まず、状況が蓬莱を有利にしている。シャンバラとエリュシオンは既に死に、アヴァロンとニライカナイはここまで付いて来ていないしもう負けて戦えないだろう。残ったエルドラードは、結構離れた場所にいる。言うならば今、蓬莱とディストピアの二人きり。邪魔する者は誰もいないからこそ、蓬莱は反旗を翻したのだ。

「記憶と共に失われた私の絆を、今、取り戻す! そのためにディストピア、あなたを倒す!」
「…いいだろう。では私はお前の信念を砕き、死という永遠の闇にお前の魂を葬ってやる」
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