その③

文字数 2,179文字

 ここは多少卑怯かもしれないが、毒で攻める。そう決め、手のひらの虫の卵を出した。孵化すると同時にグングン成長し、二メートルはあるタランチュラが出来上がる。通常、その毒はあまり強力ではないが、オフィユカスの神通力によってかなり毒腺が発達しているので、一噛みで人間程度なら殺せる。

「さあ、行きなさい。あなたの毒なら、エリュシオンを倒せるはずです」
「そう来るか。悪い感覚ではない。だが……」

 エリュシオンも指からビームを撃った。これがまともに当たれば、タランチュラも爆破される。しかし、

「な、何?」

 タランチュラは体毛を前方に飛ばし、ビームから身を守ったのだ。そして一気に飛びかかる。たくましい足でエリュシオンを捉えた。

「そのままです。余計な力は加えてはいけません」

 そして牙を覗かせる。

「ほう。俺を殺す感覚でいるのか」
「……質問に答えてくれれば、命までは取りません」
「答えると思うか、俺が?」

 あと少し牙が動けば、エリュシオンの体に突き刺さる。にもかかわらず、この余裕。それがオフィユカスの心を揺さぶるのだ。

(まだ何か、手があるのですか? この状況から脱出できる何か、が?)

 一瞬、彼女の気持ちが弱い方に流れた。そのほんの一瞬を、エリュシオンは見逃さなかった。
 彼が行ったことは単純だ。その場でちょっとジャンプしただけ。捕まっているとはいえきつく締められてはいないので、それぐらいの動きはできる。

「そうですか。あなたの考えが今、わかりました」
「今更わかったじゃ、遅すぎる感覚だな」

 そのわずかな動きが、エリュシオンに位置エネルギーをもたらした。それを利用して全身を光らせ、タランチュラを弾き飛ばした。

「逆転の感覚。これは美味い」

 今度は大きくジャンプをするエリュシオン。オフィユカスが彼に衝撃を与えないので、エネルギーを自分で稼ぐつもりなのだ。

「ですが、そう上手くいくカンカクなんでしょうかね…?」

 弾かれたタランチュラはもはや体型を保てていない。足はバラバラ、体は前後に分かれてしまっている。その頭部の方にオフィユカスは駆け寄ると、牙を取った。

「これで終わりです」

 彼女が狙ったのは、エリュシオンが地面に着地する直前だ。そのタイミングなら、まだ彼はエネルギーを放出できない。

「まさか」

 降り立つ直前、オフィユカスは牙でエリュシオンの足を引っかいた。傷は浅く、血は少ししか流れていない。

「ですが、体の中には侵入したはずです。私が成長させ効果を強くした猛毒が」

 毒が瞬時に体中に回ったためか、バランスを崩して地面に落ちるエリュシオン。腕が震えていて、体を起こすことすらまともにできていないのだ。

「さあ、白状してください。今ならまだ、私の仲間を呼べば死なずに済みます」

 聞きたいことは山ほどあるのだ。ここで彼を死なせるつもりはない。
 だが、敵からの温情は一切受け取らないつもりなのかエリュシオンは、

「ムカ……つく、感覚だ。生意気なことを、言われんのは……」

 最後に生じた、地面に落ちた際のエネルギーを使った。自分に、である。

「………」

 自分の体を爆ぜさせ自害したエリュシオン。オフィユカスは何とかこの敵を撃破した。しかし、生かして捕まえようと思っていたので、空しい勝利だ。


 多目的室に戻ると、潤一郎は言う。

「これで証明できたわけだ、『夜空の黄道』は敵ではないことが。『黒の理想郷』こそがおそらく真の悪……!」

 ちなみに戦況は司が全て見ていたし、何なら校庭の物音を拾うことぐらい神通力者なら朝飯前だ。会話の内容は全て耳に入っている。
 中には、まだ疑いを持っている者もいる。当然だ、証明しろと言われて上手い具合に敵が現れ、それを撃退したのだから。出来レースと思えなくもない。

「潤一郎が言うなら……」

 無理矢理納得する者もいるのだ。

「……私としては、信じてくれることは嬉しいことです。ですが、さっきの彼から何も聞き出せなかったことは非常に残念です。さらに悪いこともあります」
「なーに? まだ何かあるの? チョーメンドクない?」
「結託したことが相手にバレた、と考えるべきだな。そうだろう?」

 コクンと頷くオフィユカス。
 それはつまり、この学校の神通力者も『黒の理想郷』のターゲットとなってしまったということである。

「気にすんなよ。そんなの最初っから覚悟の上だぜ?」

 願平は言った。彼だけではない。この場に居合わせている全員が同じ発想を持っている。

「ここからは協力して、『黒の理想郷』と戦おう」


『夜空の黄道』が仲間であることを認識した上で、改めて作戦会議をする。

「最終的なゴールを設けるべきだわ!」
「それは決まってる! 斿倭と蓬莱を取り戻すんだ!」
「蓬莱も? でもソイツ、『黒の理想郷』の一味だろう?」
「違う! 蓬莱は仲間だ!」
「じゃあ、二人を取り戻すことが主目標でいい? 『黒の理想郷』の残党はどーするの? 復讐されたらチョーウザいよ?」
「なら、やるべきことは一つだけだ」

 その一つは、字面だけなら非常に簡単だ。

「『黒の理想郷』を、倒す! 立ち上がれなくさせてやるんだ!」
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