その②

文字数 2,585文字

 休憩を利用し、斿倭はトイレに行った。汗を洗い流すためだ。

「どうやって勝つ、斿倭?」

 蓬莱も一緒だ。

「………かなり流れは厳しいぜ。寛治は最初に一敗してからの二連勝。俺はその逆。流れは寛治にあると言っていいだろうな」

 この時蓬莱はまたも、上の空。

(流石にギャンブルを有利にしてくれる、伝説上の生き物はいない、か。それ以前に教室には、私が神通力を使える生物自体がいない。残念だが、力にはなれないようだ……)

 蓬莱の神通力は、人間には使えない。

「いつまでも逃げてるわけにはいかねえ。行くか」
「その勢いだ、斿倭。私が言ってやれることはそれぐらいだ…」


 教室に戻ると、四回戦の始まり。先攻は寛治である。

「運も実力の内ってよく言うじゃないか? 僕はそれを体現したような人さ。この高校に入れたのも、運が良かったからだろうね。その運気は、僕が神通力で上げてるんだけど?」

 最初は空振り。続いて斿倭の番。

(もしここでアタリを引いたら、俺の負け……。相当運の悪いことだ、起きて欲しくない……)

 そう思った瞬間、

(違う! 欲しいとか欲しくないとかいう次元の話じゃない! 起きない! ただそれだけだ!)

 考え方を変える。すると、勇気が湧いてくる。

「行くぞ、寛治!」
「ああ!」

 スカった。順番は回り、寛治の番である。

「ここでアタリを引くと思うかい?」

 トリガーに指をかける前に、寛治は斿倭にそう言った。

「天は言っている! 僕は負けない! そしてこれは不発だ!」

 だが、教室には火薬が弾ける音が響いた。

「ば、馬鹿な? そんなことって?」

 アタリを引いてしまった寛治は、動揺して手が震え、モデルガンを落とした。

「あぶねえ!」

 それを斿倭は上手くキャッチする。

(どうやら、立場が逆転したようだ……)

 蓬莱は悟る。この四回戦、寛治の敗北によって流れが変わった。

「おいおい、いつまで震えてんだよ? さあ速いところ、五回戦を始めようぜ?」

 運の良さを味方につけている寛治が、斿倭の言葉にビクッとなった。

「あり得ない…。僕の運勢は最高なんだぞ? 今日も星座占い、血液型占いと共に一位だった! だから運がいいこの日を選んだんだ! こんなこと、起きるはずがない!」

 火薬を弾倉に込める指も震えている。見かねた蓬莱が代わった。

(寛治、それは違う。いくら運が良くても、運勢を操れたとしても、必ず吉と転ぶかどうかはわからないんだ。数パーセントでも可能性があるなら、起きる! それを覆すのは、運命に抗おうという意志だけだ! きみにはそれがない。あくまでも高まった運勢にすがろうとしているから)

 早く勝負を終わらせようと、蓬莱はモデルガンを仕組んだ。六発中、一発だけ火薬を込めなかったのだ。言い換えれば、アタリは五発。

「さ、斿倭。五回戦はきみの番からだ」
「おう!」

 勢いよくトリガーを引いた。そして一発しかないハズレを見事に引き当てた。

「か、貸せ!」

 モデルガンを斿倭から奪い取ると寛治は、すぐに撃鉄を起こして引き金を引く。そして鳴り響く火薬の音。

「勝った!」
「う、嘘だ……。僕が負ける、なんて………」

 放心状態になった寛治は、机の上に倒れた。

(斿倭の心で何かが動いた。だからこの勝負、勝ったんだな)

 蓬莱は寛治の手から、モデルガンを取った。イカサマの証拠を隠滅するためだ。そして弾倉を見て驚く。

(こ、これは……! たった一発のハズレは、まだ引かれていない! 斿倭も寛治も五発あるアタリを引いている!)

 にも関わらず、斿倭の番では音がしなかった。

(不発弾か。相当な運がないとこれはできないことだ)


 勝負が終わり、二人は帰ることにした。

「いやあ、結構ヒヤッとしたぜ。あれだけ緊張しながらギャンブルなんて、心臓に悪い!」
「見ているこっちもハラハラさせられたよ」

 初日よりは打ち解けている二人。昇降口から校門に向かおうとした際、

「ん? 誰か立ってるぞ…?」

 制服姿でもなければ、大人でもない人物がそこにいた。その人物と目が合うと、

「おい待てよ……」

 斿倭は肩を叩かれ呼び止められる。

「何か用か?」
「数日前のことだ。この辺で地震があったらしい。だが、気象庁は観測していないの一点張り……」

 その言葉を聞いて、すぐに相手が誰だかを理解する二人。

「…何者だ?」

「おお、反応したな? ということは貴様らが、神通力者!」

 しかし、その理解の速さが仇となった。とぼければこの関門、突破できたのである。普通の人は神通力がないので、この男の言っていることを理解できないからだ。

「俺はな、レオ!」
「れお? それが名前……?」

 斿倭の戸惑いも無理はない、レオと名乗る人物はどう見ても日本人で、おまけに海外的な雰囲気すらない。

「コードネームなんだ」
「随分とかっこつけてるな」

 今度は蓬莱が発言した。それは相手が誰だかわかったからである。

(コイツは、間違いない。『夜空の黄道』の一員だ)

 名前はおそらく、獅子座から取られているのだろう。そういう風に、コードネームには決まりがあるのだ。これは所属しているグループが何であるか、名前だけですぐわかるように配慮されている。

「俺たちの掴んだ情報によれば、神通力者がこの学校にいっぱいいるらしいじゃねえか? どうなんだ? 貴様、答えろよ!」
「嫌だと言ったら?」

 その場合、戦うしかないのだ。

「いいだろう。意気込みだけは褒めてやる。だがな、賢い選択ではない」
「それはどうだろうな? 蓬莱、戦えるか?」

 聞かれて、一瞬だけ考える。

(いずれは『夜空の黄道』と遭遇しぶつかるとは思っていたが、それが今日とは…。どうする? 私が出ればこの程度の雑魚、敵でも何でもないが……)

 だが、

「蓬莱は下がってろよ。コイツは俺がやっつけるぜ!」

 転校初日に斿倭に言った、戦いに向いていない神通力、という発言がここで生きた。

「ならば、任せる」

 後ろに下がる。
 斿倭とレオは睨み合いながら、校庭の方に進む。

「じゃあ、行くぜ?」
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