その①

文字数 2,729文字

 転校してから数日が過ぎた。そこで、囁かれている噂がある。

「ねえ聞いた? 花壇に妖精が飛んでたって?」
「はあマジ? 妖精ってティンカーベルみたいな?」
「見た人曰くね」

 そんな感じの内容である。


「今日も平和だな!」

 初日は司が突っかかって来たものの、それ以降は彼も大人しく、さらに何もない。

「おい斿倭、それに蓬莱! ちょっとこっち来てくれ……」

 が、寛治が何と帰ろうとした二人を呼び止める。理由はもちろん、

「実力を見たいんだ。司を負かしたっていう、その神通力に興味がある」
「いいぜ?」

 斿倭はその要求を断らない。

「ちょっと待ってくれ」

 逆に蓬莱はその態度に困惑。耳元で囁く。

「拒否すればいいじゃないか? きみが一々相手する必要はないだろう?」
「相手を知るには、同じ土壌で殴り合うのが一番だぜ。それが神通力って言うなら尚更!」

 彼の考えは、蓬莱にとって理解に苦しむものだった。

(何でワザワザそんな労力を割く? 意味がわからない……)

 友情を感じたことがないが故に、答えが見えないのだ。

「おいい! どっち何だ? 受けるか受けないか……? それと司を倒したのも?」

 ぼさっとしていると寛治が急かしてくる。

「俺だ!」

 斿倭は手を挙げて寛治の側に移動した。

「で、やるって言うならとことんやってもいいぜ? どうだ?」
「まあ待てよ。勝負の内容は、これだ」

 寛治はカバンから、リボルバーを一丁取り出した。もちろんモデルガンであり、本物ではない。

「これ、一般的な拳銃のモデルガンで、火薬を詰めれば音だけは出る! これでロシアンルーレットをしよう」
「ほう、ギャンブル勝負か!」

 ちなみにこの時、担任の先生は見て見ぬふりを決めたらしく、足早に職員室に逃げた。

「本物なら一発で死亡する賭け! でもそれじゃあ詰まらないから、五回勝負だ! 先に三回、音を出した方の負けってことで、いいかい?」
「ああ、わかったぜ」
「オーケーオーケー! だがちょっとまだ……」

 何があるかと思えば、寛治は蒐を呼び出した。

「きみはこの教室から出て行ってくれ」
「おい! それがクラスメイトに投げる言葉か? って言いたいが、蒐がいたら勝負にならないもんな…」

 彼女の神通力を考えると、簡単に勝敗が決してしまう。それは面白くない。これは二人とも共通の認識。

「じゃあ、一足先にバイバーイ! また明日ね!」

 蒐もこの勝負を乱したくないので、寛治の言う通り教室を出る。

「これで条件は整った! では勝負!」


 先攻は、斿倭。モデルガンを蓬莱に渡し、シリンダーを回転させる。

(……見たところ、市販されている一品だな。しかも新品。きっと今日のために準備したんだろう。銃創は六発。一度回転させれば、外からはどれがアタリかはわからない……)

 適当に回し、斿倭に託す。

(この勝負、何かある気がする……。はたして寛治が、勝算のないバトルを挑んでくるか?)

 受け取った斿倭は撃鉄を起こし、トリガーに指をかけた。

「……!」

 空振り。音はしない。

「まあ最初はね? いきなり出たらそれはそれで運がいいよ」

 続いて寛治の番。雰囲気を出すためにこめかみに銃口を押し当て、トリガーを引く。
 バン、と火薬の音がした。

「ありゃりゃ? いきなりかよ! もう一敗……」

 火薬を込めなおして、二回戦に突入。今度の先攻は寛治の方。やはり最初の一発目は、不発に終わる。

「……出るか…?」

 モデルガンを手渡された斿倭は、考える。先ほどは二回目でアタリが出た。それが二回続くかどうかは、実際に試してみないとわからない。

「………! 不発、か…」

 たった一回、人差し指に力を込めるだけの動作なのに、嫌な汗が頬を伝う。

「ふふ、スリルあるでしょう? 先に言っておくけどね、僕はこの勝負、負けたことないよ」
「……なるほど、それがきみの神通力か…」

 先に閃いたのは、蓬莱だった。

「どういう意味だ、蓬莱?」
「簡単だ。運がいい。それが寛治の神通力。運の良さを最大限に引き上げれば、ロシアンルーレットでは負けないということ」

 単純にして明快な内容。

「でもこういう勝負には、もってこいなんだ! さあ、続けよう! 貸してくれ」

 寛治の二回目。これも空振り。それが斿倭の心を焦らせる。

(あと、俺が一回引いて、寛治の番。それから最後は、俺だ……)

 今度の斿倭の番も、モデルガンは静かだった。

「おお、これで僕が当たったら……! でも、当たらなかったら?」

 もしこの寛治の三回目が不発だったら、問答無用で斿倭の負けである。

「あ、外れだ!」

 不発。それはこの二回戦、斿倭の負けを意味していた。
 もう最後の一発しかモデルガンには残ってないので、火薬が入っている証明として、寛治が続けてトリガーを引く。もちろん音が鳴り響く。

「これで一勝一敗だ。さあ次の三回戦に進もう! この勝負ももう、折り返し!」

 ここで、斿倭は恐怖することになる。

(……別に負けてもいいじゃないか………。何を怖がっているんだ、俺は?)

 言い表しようのない感情が、心の中で渦巻いているのだ。
 三回戦の先攻は斿倭。トリガーを引くと、

「うわっ!」

 まさかの一発目がアタリ。

「フフフ……!」

 この瞬間、寛治は自分の勝利を確信する。

(運に身を任せているように見えるこの勝負、実は違う! ギャンブルは精神の戦い! 負けると感じた方が負ける! そして今、斿倭の心は敗北に傾いた! そこから立て直すのは、無理なんだよ!)

 二人は何も賭けていないように見えて、実は違う。男通しのプライドや面子がかかっているのだ。もし斿倭がこれで負ければ、勝負の内容はどうであれ、寛治に負けたという結果が残ってしまう。

「……大丈夫か、斿倭?」

 もう後がない彼を気にし、蓬莱は声をかけた。

「ああ、大丈夫だぜ。ちょっと緊張しただけ……」
「本当に、ちょっとかい?」

 そこに寛治がツッコむ。

「もしかして、焦ってないかい? 負けるかもしれない、とか、引いたらアタリが出るかも、とか? 心が弱い方向に流れているよ?」

 ギャンブルでは精神攻撃は有効。ここぞと言わんばかりに寛治は攻め込む。

「でも追い詰められると、勝負も乱れちゃうな……。僕も疲れてるんだ、ちょっと休憩しよう!」

 相手を気遣うように聞こえる発言。しかし本意は、こちらには余裕があるという表明。
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