その②
文字数 3,732文字
その後もすごろくは続いた。
「やっとゴールが近づいてきたぜ! あと数マスの勝負!」
ここで満身創痍の斿倭の体に、エネルギーが宿る。ちなみに今、彼の体は左手首が骨折、左かたも脱臼、右の耳は千切れ、肝臓不全にも陥っている。
「しかし、だ……」
蓬莱はプラス思考ができないでいた。理由は簡単で、千里の方がリードしているのだ。しかも彼の次は、千里の番。
「あと五が出たら、私はあがりよ! あんたらの負け!」
このすごろくでは、ゴールを踏んだ時点であがりである。余った数値は計算されない。だから彼女は五だけではなく、六でも勝ち。
「ここまで苦労したわ!」
そう言うだけあって、彼女の体はもうボロボロ。左足は骨折し、多臓器不全にまで発症している。
サイコロを振った。が、出目は一。
「げっ!」
そして一マス進んだ先の指示に、目を疑う。
「『右膝が脱臼する。四回休み』……。ここにきて、これは……!」
既に左足が機能していない状態で、もう片方の足まで使えなくなったのだ。千里は立っていることができず、その場に倒れた。
「だ、大丈夫?」
蒐が心配そうな声をかける。それもそのはず、このすごろくはゴールすれば体の異常は元通りになる。だができなかったら、戻らない。千里は今、サイコロを振れても前に進めそうにない。右手も骨折しているため、這いずるのも難しいのだ。そして、臓器に異常があるので、黙っていれば間違いなく死ぬ。
千里が休んでいる間に、斿倭も蓬莱も蒐もゴールしてしまった。
「おおおお…」
ゴールのマスは、光の輪が二重になっている。その外側の輪に振れた途端、蓬莱は健康な状態に戻った。
「ということは、内側の輪に入れば、このすごろくから脱出できるというわけか」
そしてその輪に飛び込もうとした。
しかし、
「何をしている、斿倭?」
何と斿倭は、自分の体を外側の輪に触れて元に戻すと、倒れている千里の方に駆け寄ったのだ。
「サイコロは振れるだろう? あと少しなんだ、頑張れよ」
「敵から情けは受けないわよ! さっさと元に戻りなさいよ!」
「そういうわけにはいかないだろう! ここでお前を置いて行けば、確実に死ぬ……。見殺しになんて、できるかよ!」
彼は敵である千里の体を元に戻すために、ゴールさせようとしているのだ。
「随分とお人好しだな…」
彼の甘さを蓬莱は見た。
(勝負とは、元来命を賭けて行うべきこと。しかし今は、斿倭の方が正しいのかもしれない)
黙ってはいられず、彼も蒐も千里に力を貸した。
「さあ、振れよ! 四以上が出ればゴールだ!」
確率は二分の一。そして出目はぴったり四。文句なくゴール。
「ふ、ふう……」
千里の体も、元に戻る。
「でも、負けね。あんたらよりも先にはあがれなかったから…」
そして四人でこのすごろくから脱出。
元の大きさを取り戻した斿倭たち。
「今度はこんな危険な遊びじゃなくてさ、人生ゲームでもしようぜ? これよりも熱中できると思うんだ」
「いいわよ? 言っておくけど人生ゲームでも、私の神通力は使える! 破産に追い込んでやるんだから!」
千里との仲は邪険にはならなかった。
(これが、斿倭の歩む道か……)
蓬莱はそのことを見ながら考えていた。本来、斿倭の行動は甘いの一言に尽きる。敵を助けることにはメリットがないからだ。しかし彼は千里を助けた。苦しいことに蓬莱にはそこが理解できない。
(彼の心情や行動原理をより探るためにも、斿倭と共に行動した方がいいな…)
千里が斿倭に負けた後、朝のホームルームが行われ、四時間目までは平和だった。一時間ある昼休みに、
「勝負です、斿倭ぁ! 私は君に戦いを挑みますっ!」
蝦夷 愛子 という生徒だ。
「その内容は?」
聞き返されると、彼女は大量のカルタを持っていた。
「頭の良さと反射速度の速さが、そのまま強さになりますっ!」
カルタのジャンルは様々。歴史の年号や百人一首、数学の公式、英語の語彙。化学反応式など、網羅できていない教科はないように思わせられるラインナップ。
「私の好む戦法ですので、不公平さを排除するために君がジャンルを選んでくださいっ!」
だが、
「勉強はちょっと苦手なんだよな……」
斿倭は選ぶのを躊躇う。どれを取っても負ける未来しか見えないのだ。
(ここは私が代わろう。借りを作っておくのも手)
そこで、蓬莱が名乗り出た。
「いいのか、蓬莱?」
「大丈夫だ。私が神通力を使う必要はないだろうから。それに君よりも私の方が、頭がいいと思う」
「それは余計だ!」
「とにかく、君にばかり任せるのも嫌な気分なんだ。この勝負は私と愛子、君との一対一でいいかな?」
「はいっ! 構いませんよ」
相手の了解を得たところで、蓬莱がジャンルを選ぶ。
「これ……年号カルタで勝負をしよう」
ルールは単純だ。年号の語呂合わせを詠み人役の斿倭が読み上げ、蓬莱と愛子で取り合う。
「大丈夫なのか、蓬莱?」
「どうした? 何で君が、自信がないんだ?」
「だってこれ、取り札が年号しか書かれてないんだぜ? カルタだったら絵とかあってもいいだろう?」
「別に構わないさ。私は全力で愛子と戦い、勝つだけだ」
そして勝負は始まる。
「ひとにや……」
斿倭がそう読んだ瞬間、愛子の手が飛んだ。バシッという音を立てて叩かれた札が、後ろの黒板に突き刺さっている。
「弘安の役、一二八一…!」
速い。蓬莱はただ、そう思った。
「あまりぼさっとしてない方がいいですよ? 最後に枚数で負けている方には、天罰。天から雷が落ちてきて、それに撃たれます」
「何だって?」
「その時、雷の強さは取った札の枚数差で決まります。圧倒的な差が開くと、最悪死ぬかもしれませんっ!」
こうなると、何が何でも差を縮めるしかない。
(いいや! 私が勝てばいいだけの話! 稲妻の餌食になるのは、愛子の方だ!)
ここで、蓬莱は本気になる。
「斿倭! 次を頼む!」
「あ、ああ…! えっと、いばろ……」
今度は蓬莱も電光石火を見せた。
「五箇条の御誓文、一八六八…!」
「え……?」
今の動き、愛子は目で捉えられなかったのだ。それほどに速い。
(驚いているみたいだが、私とすれば当たり前のことをやっただけに過ぎない。いくら神通力が揃っている学校とは言え、訓練なんてしていないだろう? だが私は違う! 地獄のような環境で、ただでさえ高い身体能力を鍛えた! 言われるがまま、学力も高めた! 負ける要素は一切ないんだ、私には!)
そういう確信があり、そしてそれが現実で、この一回の攻防だけで愛子は戦意をほとんど失ってしまった。
その後の戦いは、目も当てられないほど一方的。愛子が取れた札は、自分の方が近くにあったからタッチの差で獲得できたようなもの。それでも三枚程度という散々な成績である。残る九十六枚は、蓬莱が獲得した。
「おおお、スゲー! 圧勝だ! 無慈悲すぎる!」
「当然だ、ここの出来が違うんだ」
蓬莱は余裕な表情で、自分の頭を指差した。
「………ところで愛子、君は負けたんだ。罰を受けなければいけないんじゃないのか?」
冷たく言い放つ蓬莱。この枚数差では、確実に死ねる。
「い、行きます……」
と言い、愛子は教室から出て校庭に向かった。
「待てよ!」
それを急いで斿倭が追いかける。
「どうしたんだ? これは勝負だし、愛子の神通力でもあるんだ。負けた方にはそれ相当のリスクが生じる」
当たり前のことを言う蓬莱に対し、斿倭は、
「でも、死ぬのは間違っている!」
真っ向から反論した。
愛子は靴を履き替えて、昇降口から外に出ようとしていた。この時、終日晴れのはずの天気が、学校の上だけ崩れ、曇っていた。空の方ではゴロゴロという音まで聞こえる。きっと屋根のないところに飛び出したら、雷が落ちてくるだろう。
「やめろおお!」
愛子はそれをわかっていて、出た。すると次の瞬間空が瞬き、雷が落ちて来た。
「……うわっ!」
だが、彼女は無事である。斿倭がとっさに飛び出して愛子を押し出したからだ。この時素早く動くために斿倭は自分の神通力を使い、地を揺らして自分の足を弾いた。
「か、間一髪だったな…」
どうやら天罰の雷は一回だけのようで、二度目はなかった。
「どうして、助けたんだ?」
不思議そうな顔をして蓬莱が聞くと、
「神通力のせいで死ぬなんて、俺は嫌だ。それに勝負に負けたぐらいで命を失うなんて、間違ってる…! だから助けたんだ」
そういう考えを斿倭はしていた。それが蓬莱にはあまり理解できない。
(普通の人はゲームの感覚で命を奪わない、ということか? しかしそれでは競い合う意味がないのでは…?)
この日、蓬莱はそれに頭を悩ますことになった。
「やっとゴールが近づいてきたぜ! あと数マスの勝負!」
ここで満身創痍の斿倭の体に、エネルギーが宿る。ちなみに今、彼の体は左手首が骨折、左かたも脱臼、右の耳は千切れ、肝臓不全にも陥っている。
「しかし、だ……」
蓬莱はプラス思考ができないでいた。理由は簡単で、千里の方がリードしているのだ。しかも彼の次は、千里の番。
「あと五が出たら、私はあがりよ! あんたらの負け!」
このすごろくでは、ゴールを踏んだ時点であがりである。余った数値は計算されない。だから彼女は五だけではなく、六でも勝ち。
「ここまで苦労したわ!」
そう言うだけあって、彼女の体はもうボロボロ。左足は骨折し、多臓器不全にまで発症している。
サイコロを振った。が、出目は一。
「げっ!」
そして一マス進んだ先の指示に、目を疑う。
「『右膝が脱臼する。四回休み』……。ここにきて、これは……!」
既に左足が機能していない状態で、もう片方の足まで使えなくなったのだ。千里は立っていることができず、その場に倒れた。
「だ、大丈夫?」
蒐が心配そうな声をかける。それもそのはず、このすごろくはゴールすれば体の異常は元通りになる。だができなかったら、戻らない。千里は今、サイコロを振れても前に進めそうにない。右手も骨折しているため、這いずるのも難しいのだ。そして、臓器に異常があるので、黙っていれば間違いなく死ぬ。
千里が休んでいる間に、斿倭も蓬莱も蒐もゴールしてしまった。
「おおおお…」
ゴールのマスは、光の輪が二重になっている。その外側の輪に振れた途端、蓬莱は健康な状態に戻った。
「ということは、内側の輪に入れば、このすごろくから脱出できるというわけか」
そしてその輪に飛び込もうとした。
しかし、
「何をしている、斿倭?」
何と斿倭は、自分の体を外側の輪に触れて元に戻すと、倒れている千里の方に駆け寄ったのだ。
「サイコロは振れるだろう? あと少しなんだ、頑張れよ」
「敵から情けは受けないわよ! さっさと元に戻りなさいよ!」
「そういうわけにはいかないだろう! ここでお前を置いて行けば、確実に死ぬ……。見殺しになんて、できるかよ!」
彼は敵である千里の体を元に戻すために、ゴールさせようとしているのだ。
「随分とお人好しだな…」
彼の甘さを蓬莱は見た。
(勝負とは、元来命を賭けて行うべきこと。しかし今は、斿倭の方が正しいのかもしれない)
黙ってはいられず、彼も蒐も千里に力を貸した。
「さあ、振れよ! 四以上が出ればゴールだ!」
確率は二分の一。そして出目はぴったり四。文句なくゴール。
「ふ、ふう……」
千里の体も、元に戻る。
「でも、負けね。あんたらよりも先にはあがれなかったから…」
そして四人でこのすごろくから脱出。
元の大きさを取り戻した斿倭たち。
「今度はこんな危険な遊びじゃなくてさ、人生ゲームでもしようぜ? これよりも熱中できると思うんだ」
「いいわよ? 言っておくけど人生ゲームでも、私の神通力は使える! 破産に追い込んでやるんだから!」
千里との仲は邪険にはならなかった。
(これが、斿倭の歩む道か……)
蓬莱はそのことを見ながら考えていた。本来、斿倭の行動は甘いの一言に尽きる。敵を助けることにはメリットがないからだ。しかし彼は千里を助けた。苦しいことに蓬莱にはそこが理解できない。
(彼の心情や行動原理をより探るためにも、斿倭と共に行動した方がいいな…)
千里が斿倭に負けた後、朝のホームルームが行われ、四時間目までは平和だった。一時間ある昼休みに、
「勝負です、斿倭ぁ! 私は君に戦いを挑みますっ!」
「その内容は?」
聞き返されると、彼女は大量のカルタを持っていた。
「頭の良さと反射速度の速さが、そのまま強さになりますっ!」
カルタのジャンルは様々。歴史の年号や百人一首、数学の公式、英語の語彙。化学反応式など、網羅できていない教科はないように思わせられるラインナップ。
「私の好む戦法ですので、不公平さを排除するために君がジャンルを選んでくださいっ!」
だが、
「勉強はちょっと苦手なんだよな……」
斿倭は選ぶのを躊躇う。どれを取っても負ける未来しか見えないのだ。
(ここは私が代わろう。借りを作っておくのも手)
そこで、蓬莱が名乗り出た。
「いいのか、蓬莱?」
「大丈夫だ。私が神通力を使う必要はないだろうから。それに君よりも私の方が、頭がいいと思う」
「それは余計だ!」
「とにかく、君にばかり任せるのも嫌な気分なんだ。この勝負は私と愛子、君との一対一でいいかな?」
「はいっ! 構いませんよ」
相手の了解を得たところで、蓬莱がジャンルを選ぶ。
「これ……年号カルタで勝負をしよう」
ルールは単純だ。年号の語呂合わせを詠み人役の斿倭が読み上げ、蓬莱と愛子で取り合う。
「大丈夫なのか、蓬莱?」
「どうした? 何で君が、自信がないんだ?」
「だってこれ、取り札が年号しか書かれてないんだぜ? カルタだったら絵とかあってもいいだろう?」
「別に構わないさ。私は全力で愛子と戦い、勝つだけだ」
そして勝負は始まる。
「ひとにや……」
斿倭がそう読んだ瞬間、愛子の手が飛んだ。バシッという音を立てて叩かれた札が、後ろの黒板に突き刺さっている。
「弘安の役、一二八一…!」
速い。蓬莱はただ、そう思った。
「あまりぼさっとしてない方がいいですよ? 最後に枚数で負けている方には、天罰。天から雷が落ちてきて、それに撃たれます」
「何だって?」
「その時、雷の強さは取った札の枚数差で決まります。圧倒的な差が開くと、最悪死ぬかもしれませんっ!」
こうなると、何が何でも差を縮めるしかない。
(いいや! 私が勝てばいいだけの話! 稲妻の餌食になるのは、愛子の方だ!)
ここで、蓬莱は本気になる。
「斿倭! 次を頼む!」
「あ、ああ…! えっと、いばろ……」
今度は蓬莱も電光石火を見せた。
「五箇条の御誓文、一八六八…!」
「え……?」
今の動き、愛子は目で捉えられなかったのだ。それほどに速い。
(驚いているみたいだが、私とすれば当たり前のことをやっただけに過ぎない。いくら神通力が揃っている学校とは言え、訓練なんてしていないだろう? だが私は違う! 地獄のような環境で、ただでさえ高い身体能力を鍛えた! 言われるがまま、学力も高めた! 負ける要素は一切ないんだ、私には!)
そういう確信があり、そしてそれが現実で、この一回の攻防だけで愛子は戦意をほとんど失ってしまった。
その後の戦いは、目も当てられないほど一方的。愛子が取れた札は、自分の方が近くにあったからタッチの差で獲得できたようなもの。それでも三枚程度という散々な成績である。残る九十六枚は、蓬莱が獲得した。
「おおお、スゲー! 圧勝だ! 無慈悲すぎる!」
「当然だ、ここの出来が違うんだ」
蓬莱は余裕な表情で、自分の頭を指差した。
「………ところで愛子、君は負けたんだ。罰を受けなければいけないんじゃないのか?」
冷たく言い放つ蓬莱。この枚数差では、確実に死ねる。
「い、行きます……」
と言い、愛子は教室から出て校庭に向かった。
「待てよ!」
それを急いで斿倭が追いかける。
「どうしたんだ? これは勝負だし、愛子の神通力でもあるんだ。負けた方にはそれ相当のリスクが生じる」
当たり前のことを言う蓬莱に対し、斿倭は、
「でも、死ぬのは間違っている!」
真っ向から反論した。
愛子は靴を履き替えて、昇降口から外に出ようとしていた。この時、終日晴れのはずの天気が、学校の上だけ崩れ、曇っていた。空の方ではゴロゴロという音まで聞こえる。きっと屋根のないところに飛び出したら、雷が落ちてくるだろう。
「やめろおお!」
愛子はそれをわかっていて、出た。すると次の瞬間空が瞬き、雷が落ちて来た。
「……うわっ!」
だが、彼女は無事である。斿倭がとっさに飛び出して愛子を押し出したからだ。この時素早く動くために斿倭は自分の神通力を使い、地を揺らして自分の足を弾いた。
「か、間一髪だったな…」
どうやら天罰の雷は一回だけのようで、二度目はなかった。
「どうして、助けたんだ?」
不思議そうな顔をして蓬莱が聞くと、
「神通力のせいで死ぬなんて、俺は嫌だ。それに勝負に負けたぐらいで命を失うなんて、間違ってる…! だから助けたんだ」
そういう考えを斿倭はしていた。それが蓬莱にはあまり理解できない。
(普通の人はゲームの感覚で命を奪わない、ということか? しかしそれでは競い合う意味がないのでは…?)
この日、蓬莱はそれに頭を悩ますことになった。