その②

文字数 2,562文字

 そして『夜空の黄道』からの刺客は、すぐにやって来た。キャンサーという男がそうだ。彼は昼間の高校に堂々と入ろうとし、守衛に、

「ちょっと君、止まりなさい!」

 と、肩を叩かれ止められた。

「うるさいぜ!」

 そう言って手を振りほどき強引に校門をくぐる。

「あ、待て! ちょっ……。う、うう!」

 急に苦しみだした守衛は、その場に倒れ意識が飛んだ。

「さて、レオのヤツが帰って来なくなったのは、ここに来てからだよなあ。全くどんなヤツがいるんだ、こんな変哲もない学校によぉ!」

 その光景を、蓬莱は教室の窓を通して見ていた。

「来たぞ……! アイツが触ったガードマンが、突然泡を吹いて倒れた! これは確実に神通力者だ!」

 ちょうど休み時間だったので、すぐに斿倭は立ち上がった。そしてそのまま四階の窓から身を乗り出し、

「行くぞ、うおおおお!」

 叫びながら飛んだ。神通力者故にこの高さから落ちても足がちょっと痺れる程度で済んだ。

「お前か? あの窓から落ちても死なないってことは、神通力者! レオをどこにやったかは知らねえが、お前を倒せばいいだけのこと!」

 キャンサーは身構える。それを見て斿倭も、

「お前の思い通りにはさせないぞ! 『夜空の黄道』!」
「ほう、俺たちを知っているか! ならば話は早い。だからお前にはここでくたばってもらう!」

 手を前に出しながらキャンサーは走り出す。

(あの手に触れたらおそらく……!)

 何かが起きる。そしてそれは、立っていられなくなるほど危険なこと。実はキャンサーは、触った人間を任意の病気を発病させる神通力の持ち主だ。

(近づけなければいいんだ! 先に地震を起こしてやる!)

 そう思った瞬間、地が揺れた。

「な、なんだ…?」

 キャンサーは足を止めて、周囲の様子を確認した。木々や電信柱が揺れている。しかし、

「何でもないのか、焦ったぜ」

 自分に害がないことを確かめると、再び走りだした。

「さあ、来な! 正々堂々と、正面からよぉおお!」
「そうはさせない!」

 次の手は、陥没だ。キャンサーが踏むであろう地面を崩してやった。

「うおお?」

 これには巻き込まれ、そして驚きを隠せないキャンサー。

「どうだ、コイツめ!」

 だがすぐに這い出て、

「やるなぁお前! 間違いなくレオをやった人物だな?」

 もう否定はしない。

「あれは、仕方がなかった。危険なヤツをここで野放しになんてできないぜ!」
「きけん……?」

 その単語にキャンサーは首を傾げる。

「……まあまあ、危ない奴らってことは間違ってはいねえな。でもお前たちだってそうだろう? レオはどこなんだ? 早く言えよ」
「知らないな!」

 正直に答えたのだが、キャンサーには挑発しているように聞こえる。

「そうか。そう言うんなら俺らはお前を全力で排除するぜ。レオが戻って来ないしお前のような人物がいるってことは、この学校は確実に神通力者の巣窟…! 『夜空の黄道』として、見過ごすわけにはいかねえな!」

 改めて、キャンサーは斿倭のことを敵と認識した。

「いいかお前、覚悟はしておけよ? 手加減など一切しねえ! それこそ死ぬことになっても、俺は知らねえぞ? そしてこの学校自体を、調べなくちゃな……。あーあ、手間が増えるぜ……。まあまずはお前を蹴散らすのが先か」

 ゴクリと唾を飲む斿倭。

(相手は俺のことを殺めかねない……。やはり蓬莱の言った通り、危険な人物! わかり合うことはできそうにない……)

 弱い方向に気持ちが流れるが、

(待て待て! 始まってもいないのに弱気になってどうする? 今すべきことは、コイツを撃退すること! それだけに集中するんだ、俺!)

 何とか強く持ちこたえる。


 この時、斿倭はキャンサーの神通力をまだ知らない。対するキャンサーは、斿倭の神通力について、大体の察しがついている。

(おそらくだが、さっきの地震に地面が崩れたことを考えると……アイツの神通力は、地面に関することだ。それは室内では使えなさそうだな?)

 察しがつくと、戦いにおけるゴールも見えてくる。キャンサーは校舎の中に入れれば、斿倭なんて敵ではないと考える。そしてそれは、間違っていない。

(当然、俺だって自分の神通力が室内で使えないことはわかっている! コイツは一歩も校舎には入れないぞ!)

 だから斿倭は、昇降口を背にして立った。

「どけよ」
「どかせてみろ!」
「ああ、そうかい。なら行くぜ? 後悔しても知らねえぞ?」

 キャンサーの動きは鋭い。しかし、彼の神通力を発揮するためには斿倭に触れなければいけない。

(触られると何かある! ここは意地でも逃げる!)

 そう考えた。だからキャンサーの突進に対し、斿倭は横に動いた。

「すばしっこいな、お前。面倒かけるなよ! 次で終わらせてやる!」
「そうかな…?」

 ここで斿倭、砂嵐を起こした。

「目を潰す作戦か! 引っ掛かりやしないぜ?」

 舞い散る砂の中でキャンサーは目を閉じ、そして自分の勘で斿倭を探す。結構鋭く、的確な方向を攻めていたので、すれ違った斿倭は一瞬だがヒヤッとした。

(いや……待て!)

 伸ばした手を引っ込めたキャンサー。今は攻める時ではない、と本能が言っている気がしたのだ。

(この砂嵐に紛れて、何か仕掛けてくるか! だとしたら、距離を取った方がいいかもしれない!)

 確実に斿倭に触れることができない以上、逃げることを選択するのは正解だ。だがキャンサーには、この砂嵐の中での動きは、斿倭には手に取るようにわかることまでは頭が回っていない。

(そこか…!)

 逃げている。確実に昇降口に向かって動いている。どのように動くかまで、予測できる。

「くらいな……! 母なる大地の一撃!」

 瞬間、キャンサーの足元の地面が爆発した。

「うぐわっ?」

 見事にキャンサーは数十メートル上に飛ばされ、そして地面に叩きつけられ意識を失った。

「ふ、ふう。危ないヤツだった……」

 斿倭は何とか、キャンサーを校舎に入れずに済んだ。
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