その①
文字数 2,692文字
「バーン! バーン! ぎゃはははっ!」
とある廃工場を改造して作られた、『黒の理想郷』の本拠地。ここはそれほど大きくはない。理由は簡単で、敷地内の大半をミニチュアが占めているからだ。
「ほらほらほら、逃げろ逃げろ~! ネコ科は水が苦手だろう? バンバーン!」
アヴァロンの神通力は、人を小さくしてミニチュアの街に閉じ込めることだ。今彼は水鉄砲を持ち、小さくしたレオを狙い撃っている。
「これからどうする…?」
その横で作戦会議をしている人物たち。
「ホウライはよくやった。あのクラスを掌中に収めたようなもの。私は見ていたからな」
エルドラードが言った。彼はホウライの通う学校を常に監視し、その動向を見ていた。
「ああ。斿倭が上手くやってくれた。私はそのサポートをしたに過ぎない」
「謙虚に構えなくていいぞ。手柄はお前のものだ」
しかし、とホウライは言いかけたがやめた。ここで言い争っても意味がないからだ。
「あの人物は強い。そして使える」
「どういう意味だ、エルドラード?」
「『夜空の黄道』がこれから本格的に攻めてくると思う。その時、我々の代わりに戦わせるんだ。今のホウライなら、アイツを騙すなんて簡単だろう?」
味方に損害を与えず、手間もかけさせず、斿倭に『夜空の黄道』を倒してもらうという作戦。これなら『黒の理想郷』は戦力を消費しないで済む。
「いいじゃないか、そのアイディア。レオを倒したのはその斿倭なんだろう? だったら『夜空の黄道』にもソイツと戦う理由ができるわけだ。こちらは見ているだけでいい」
ディストピアがその話を聞いており、賛成した。だが肝心のホウライは、
「それは、何と言うか……。彼に失礼な気がします。それにもし『夜空の黄道』が斿倭と意思疎通をして、和解してしまったら……」
「そうならないようにふるまえばいい、お前が」
「私が、ですか……? それこそ彼を裏切ることになりかねませんが……」
「何を言っている?」
ディストピアが鋭く暗い声を上げた。
「お前の仲間は、我々だけだろう? それ以外の人間なんぞ、どうなろうと関係ない。違うか?」
これは否定できない。それこそ裏切ることを意味するからだ。仕方なくホウライは、
「……わかりました」
と、頷いた。
「では! これから『夜空の黄道』との戦いとなるだろう。だがまずは、あの高校に誘導させる。ここは高みの見物をしよう」
週末が明けると、みんな元気に学校に来る。蓬莱も例外ではないが、顔には活気がない。
「彼に嘘を吐く……」
仲間と約束した以上、果たさなければいけない役。エルドラードだって見ているのだから、逃げることはできない。そもそも『黒の理想郷』の一員として、斿倭を騙すことに躊躇いを感じる必要はない。
(……はず、なのだが…)
しかし、心に引っ掛かるのだ。
(それが正しいことなのか…? 『黒の理想郷』の指示に従うことが正しいはずなのに、どうしてこんな嫌な感覚を味わっているのだ私は………)
あれこれ考えている間に、教室に着いた。そしてそこには、斿倭が既にいた。
「おはよう、蓬莱!」
「ああ、おはよう。早いな斿倭は」
「朝の過ごし方で一日が決まるからな!」
席に着いて必要な物を机に入れると、蓬莱自ら斿倭の方に歩いた。
「ちょっといいか、斿倭」
「おう、何だ?」
「覚えていると思うが、以前学校に来た、レオと名乗った神通力者のことだ」
「あ、あの、逃げちまったヤツか。正体がわかったのか?」
ここで嘘を吐く。
「アイツは、『夜空の黄道』のメンバーだった」
「何だそりゃ?」
「神通力者の集団だ。とても危険で、きっときみを狙っているに違いない」
「……復讐ってことか? そう言えばアイツは仲間がいるようなこと言ってたな……。目的が何なのかは知らないけど、俺をターゲットに?」
頷いて答える蓬莱。
「どうする? きみの信条的に、戦いづらいと思うんだが……。でも『夜空の黄道』を退けないといけない」
神通力は他人を傷つけるためにあるのではない。それが戦い合うとなると、斿倭のその思いに反することになってしまう。
「それは困ったな……」
斿倭は、迎え撃つと即答できなかった。
「何とかわかりあえないのか?」
「無理だ。きみはレオを倒してしまっている。相手からすれば、それは戦うに十分な理由になり得る。おそらく彼らはここを襲うだろうな。そしてあわよくば、斿倭を倒しレオの敵討ちを。顔に塗られた泥を洗うためにも、それを選ぶだろう」
「そ、そんな……」
蓬莱の声は暗いが、落ち着いている。これは事実をただ述べているためだ。そしてこれからが嘘。
「きみが起こした以上、責任を取るべきだ。だから『夜空の黄道』と戦うんだ。相手は危険な人間たちなのだから、それしかない。大丈夫、私も手を貸そう」
押しに欠ける蓬莱の発言。しかしそこに潤一郎が現れ、
「どうした? 何を悩んでいる?」
「なんでもな……」
そこで蓬莱の口が止まった。
(潤一郎にも、いやこのクラスに協力してもらおう。そうすれば『黒の理想郷』のダメージは最小で済む。大丈夫、斿倭はこのクラスの一員だ。狙われたとなれば、クラスが『夜空の黄道』と睨み合う理由になる)
そう判断し、
「聞いてくれ。大変なことになった」
と、事情を説明した。
「……そうか。斿倭、ならば答えは一つしかないだろう?」
「何だよ、潤一郎?」
「俺も蓬莱の意見に賛成だ。確かに神通力の使い方としては、お前にも思うところがあるとは思う。だが、危険極まりない集団を放置するのはかなりマズい」
そして、言う。
「戦う時は、戦うべきだ。全ての人とわかり合おうとする意気込みは素晴らしいが、相手が意見を聞き入れない場合はどうする? こちらの理想だけでは他人に通用しない時もあるんだ。わかり合うためには戦うことを覚悟しないといけないだろう」
「……わかったよ。その『夜空の黄道』とは、白黒つけないといけないんだろう? なら、やる!」
言われれば斿倭も、頷くしかない。
この時の蓬莱の心境は、複雑だった。思惑通りにことが運んでくれたので喜ぶべきなのに、心がモヤモヤしているのだ。
(いいんだ、これで…。私は自分のすべきことをしただけだ……。私は『黒の理想郷』の一員なんだから、間違ってはいない…)
心の中で何度もそう叫び、自分に言い聞かせる。
とある廃工場を改造して作られた、『黒の理想郷』の本拠地。ここはそれほど大きくはない。理由は簡単で、敷地内の大半をミニチュアが占めているからだ。
「ほらほらほら、逃げろ逃げろ~! ネコ科は水が苦手だろう? バンバーン!」
アヴァロンの神通力は、人を小さくしてミニチュアの街に閉じ込めることだ。今彼は水鉄砲を持ち、小さくしたレオを狙い撃っている。
「これからどうする…?」
その横で作戦会議をしている人物たち。
「ホウライはよくやった。あのクラスを掌中に収めたようなもの。私は見ていたからな」
エルドラードが言った。彼はホウライの通う学校を常に監視し、その動向を見ていた。
「ああ。斿倭が上手くやってくれた。私はそのサポートをしたに過ぎない」
「謙虚に構えなくていいぞ。手柄はお前のものだ」
しかし、とホウライは言いかけたがやめた。ここで言い争っても意味がないからだ。
「あの人物は強い。そして使える」
「どういう意味だ、エルドラード?」
「『夜空の黄道』がこれから本格的に攻めてくると思う。その時、我々の代わりに戦わせるんだ。今のホウライなら、アイツを騙すなんて簡単だろう?」
味方に損害を与えず、手間もかけさせず、斿倭に『夜空の黄道』を倒してもらうという作戦。これなら『黒の理想郷』は戦力を消費しないで済む。
「いいじゃないか、そのアイディア。レオを倒したのはその斿倭なんだろう? だったら『夜空の黄道』にもソイツと戦う理由ができるわけだ。こちらは見ているだけでいい」
ディストピアがその話を聞いており、賛成した。だが肝心のホウライは、
「それは、何と言うか……。彼に失礼な気がします。それにもし『夜空の黄道』が斿倭と意思疎通をして、和解してしまったら……」
「そうならないようにふるまえばいい、お前が」
「私が、ですか……? それこそ彼を裏切ることになりかねませんが……」
「何を言っている?」
ディストピアが鋭く暗い声を上げた。
「お前の仲間は、我々だけだろう? それ以外の人間なんぞ、どうなろうと関係ない。違うか?」
これは否定できない。それこそ裏切ることを意味するからだ。仕方なくホウライは、
「……わかりました」
と、頷いた。
「では! これから『夜空の黄道』との戦いとなるだろう。だがまずは、あの高校に誘導させる。ここは高みの見物をしよう」
週末が明けると、みんな元気に学校に来る。蓬莱も例外ではないが、顔には活気がない。
「彼に嘘を吐く……」
仲間と約束した以上、果たさなければいけない役。エルドラードだって見ているのだから、逃げることはできない。そもそも『黒の理想郷』の一員として、斿倭を騙すことに躊躇いを感じる必要はない。
(……はず、なのだが…)
しかし、心に引っ掛かるのだ。
(それが正しいことなのか…? 『黒の理想郷』の指示に従うことが正しいはずなのに、どうしてこんな嫌な感覚を味わっているのだ私は………)
あれこれ考えている間に、教室に着いた。そしてそこには、斿倭が既にいた。
「おはよう、蓬莱!」
「ああ、おはよう。早いな斿倭は」
「朝の過ごし方で一日が決まるからな!」
席に着いて必要な物を机に入れると、蓬莱自ら斿倭の方に歩いた。
「ちょっといいか、斿倭」
「おう、何だ?」
「覚えていると思うが、以前学校に来た、レオと名乗った神通力者のことだ」
「あ、あの、逃げちまったヤツか。正体がわかったのか?」
ここで嘘を吐く。
「アイツは、『夜空の黄道』のメンバーだった」
「何だそりゃ?」
「神通力者の集団だ。とても危険で、きっときみを狙っているに違いない」
「……復讐ってことか? そう言えばアイツは仲間がいるようなこと言ってたな……。目的が何なのかは知らないけど、俺をターゲットに?」
頷いて答える蓬莱。
「どうする? きみの信条的に、戦いづらいと思うんだが……。でも『夜空の黄道』を退けないといけない」
神通力は他人を傷つけるためにあるのではない。それが戦い合うとなると、斿倭のその思いに反することになってしまう。
「それは困ったな……」
斿倭は、迎え撃つと即答できなかった。
「何とかわかりあえないのか?」
「無理だ。きみはレオを倒してしまっている。相手からすれば、それは戦うに十分な理由になり得る。おそらく彼らはここを襲うだろうな。そしてあわよくば、斿倭を倒しレオの敵討ちを。顔に塗られた泥を洗うためにも、それを選ぶだろう」
「そ、そんな……」
蓬莱の声は暗いが、落ち着いている。これは事実をただ述べているためだ。そしてこれからが嘘。
「きみが起こした以上、責任を取るべきだ。だから『夜空の黄道』と戦うんだ。相手は危険な人間たちなのだから、それしかない。大丈夫、私も手を貸そう」
押しに欠ける蓬莱の発言。しかしそこに潤一郎が現れ、
「どうした? 何を悩んでいる?」
「なんでもな……」
そこで蓬莱の口が止まった。
(潤一郎にも、いやこのクラスに協力してもらおう。そうすれば『黒の理想郷』のダメージは最小で済む。大丈夫、斿倭はこのクラスの一員だ。狙われたとなれば、クラスが『夜空の黄道』と睨み合う理由になる)
そう判断し、
「聞いてくれ。大変なことになった」
と、事情を説明した。
「……そうか。斿倭、ならば答えは一つしかないだろう?」
「何だよ、潤一郎?」
「俺も蓬莱の意見に賛成だ。確かに神通力の使い方としては、お前にも思うところがあるとは思う。だが、危険極まりない集団を放置するのはかなりマズい」
そして、言う。
「戦う時は、戦うべきだ。全ての人とわかり合おうとする意気込みは素晴らしいが、相手が意見を聞き入れない場合はどうする? こちらの理想だけでは他人に通用しない時もあるんだ。わかり合うためには戦うことを覚悟しないといけないだろう」
「……わかったよ。その『夜空の黄道』とは、白黒つけないといけないんだろう? なら、やる!」
言われれば斿倭も、頷くしかない。
この時の蓬莱の心境は、複雑だった。思惑通りにことが運んでくれたので喜ぶべきなのに、心がモヤモヤしているのだ。
(いいんだ、これで…。私は自分のすべきことをしただけだ……。私は『黒の理想郷』の一員なんだから、間違ってはいない…)
心の中で何度もそう叫び、自分に言い聞かせる。