その①

文字数 3,812文字

 蓬莱は内心ではとても焦っている。斿倭たちに『夜空の黄道』の相手をしてもらうという目論見は達成できた。だが予想外に、彼らが和解してしまったのだ。

(私の判断だけでは、決められない。これはもう、ディストピアに相談してみるしかないな)

 周囲に誰もいないことを確認すると、電話を鳴らした。

「どうしたホウライ? 何かあったのか?」
「はい。実は………」

 シャイニングアイランドでの出来事を包み隠さず伝える。

「上手くいっているようで実は上手くいってないのです」

 自分で言っておいて、何を言っているのかよくわかっていない。焦りが見えている証拠だ。だがディストピアからの返事は、

「いや、そこまでで十分だ。『夜空の黄道』は話が確かならあと五人だけ。『黒の理想郷』が動けば確保は難しくも何ともない。それにお前の潜伏している高校の神通力者も、根こそぎいただく必要がありそうだな…」
「それは、どういう意味でしょうか?」

 簡単だ。捕まえて、『黒の理想郷』の支配下に置くのだ。言うことを聞かなければ抹殺するだけのこと。

「それはあまりにも無慈悲というか……。やり過ぎでは?」

 蓬莱は異議を唱えた。

「彼らが何故あの学校に集められているかは知りませんし興味もないですが、彼らには彼らのコミュニティがあって、人生もあるのです。元々関係のない人たちですし、手を出す必要は……」

 しかし、

「ホウライ? お前はいつから私に意見するようになった?」
「えっ?」

『黒の理想郷』以外の神通力者がどうなろうと、知ったことではない。そういう考えに基づいて彼らは活動してきたはずだ。だからディストピアのその発言は、当然なのだ。

「すみません……。ですがあなたは前に、私には高校生活を送ってもらわなければ困ると。生徒として卒業しろ、とも言いました。それをお忘れですか?」
「お前は一度、臨機応変という言葉を四字熟語辞典で調べろ。高校生活を送っているなら、怪しまれずにできるだろう?」

 そう言われれば、もう引き下がるしかない。

「いいかホウライ。これからの作戦を確かめておくぞ」

 電話越しにディストピアは『黒の理想郷』が想定している行動を語った。だが蓬莱の耳には入っていなかった。

(どうしたらいいのだ、斿倭に迷惑をかけないようにするためには……? 私が『黒の理想郷』を止めるか? いいや、それは不可能だ。だとしたら、『黒の理想郷』のことをバラしてしまうのは。駄目だ、私が騙ってきた嘘がバレれば、信頼関係はそれで終わる…)

 八方塞がりなのを感じる。それでも蓬莱は何とか、最善の道を見い出そうとした。


 ところが、そう簡単にはいかないということを思い知らされることとなる。

 一週間が過ぎた頃だ。この日斿倭と蓬莱は、潤一郎に願平を加えて市内のとある公園に向かう途中だった。

「『夜空の黄道』か……。面白そうな奴らだ。しかも聞く話じゃ、人為的に神通力が覚醒した、と? どういう連中なのか、増々興味が湧く」
「どうせろくでもないクズの集まりだろう?」

 オフィユカスに頼まれたことを履行する。そのためにまず、トップ同士が話し合うべきだと両者は思い至った。斿倭のクラスを代表して、潤一郎が会議に出る。斿倭や願平は護衛役だ。『夜空の黄道』が裏切るとは思っていないが、この時点で彼らは『黒の理想郷』のことを知らない。だから謎の集団が突如襲ってくるかもわからないので、それに備えて。
 待ち合わせの時間よりも早く現地に着いておきたいと、潤一郎が言った。

「こっちの態度を見せておくんだ。やる気があること、誠実さ、そして約束を裏切らない信頼感。与えておけば、尻に敷かれることはない。それにこの先、誰にも後れを取りたくない」

 もう公園まで、数分も経たない。

「なあ、蓬莱!」

 急に斿倭が話しかけて来た。

「どうした?」
「大変なことになりそうだけどさ、これからも俺とお前で頑張っていこうぜ」

 とても前向きな宣言だった。

「ああ、そうだな……」

 しかし蓬莱は、暗い返事しかできない。斿倭たちの身に、何が起きるかわからないからだ。

「おや、誰かいるぞ……?」

 それに気がついたのは、願平だった。

「『夜空の黄道』のリーダー、オフィユカスじゃないか? 向こうも早めに来ていたんだな」
「ん? オフィユカスは女って聞いているが、ありゃ男だぜ、潤一郎」
「じゃあ無関係な一般人だろう、羨ましいな。平日の公園にいてもおかしくはないが」

 だが、その人物はこちらを見ている。正確には、蓬莱の方を向いている。

(あ、あれは……!)

 目が合ったので、蓬莱も気がついた。

「とにかく、退けよう。会議の邪魔は一般市民にもされたくない」
「オッケーだ。側で騒ぎ出したらどっか行くだろう」

 潤一郎と願平は一足先に公園に入り、大胆にもその男に近づいた。そしてガンを飛ばして追い払おうとしたのだが、

「無駄なことはしない方が身のためだ」

 男はそう言う。

「ああ? 文句があるんなら……」

 喋っている最中の願平の頭を鷲掴みにすると、持ち上げて近くの木目掛けてぶん投げた。

「……って、うわあ!」

 これでも一般人なら、凄まじい怪力だ。

「何だコイツは?」

 構えようとした潤一郎であったが、遅かった。胸ぐらを掴まれ抵抗する暇もなく花壇の方に放り投げられたのだ。

「敵だ、蓬莱!」

 斿倭は蓬莱の前に立った。

(……間違いない。あれは、ディストピア……! 何でこんなところにいるんだ?)

 守られている蓬莱の方はと言うと、ほぼ放心状態。普段表立った行動をしないディストピアがこんなにも堂々としているのが信じられないのだ。

「ホウライ……。俺はお前に言っておいたはずだ。何か動きがあれば報告するように、とな。だがどういうことだ? 高校の連中と『夜空の黄道』が作戦会議をしようとしているなど、お前から聞いていないぞ? エルドラードが緊急連絡をしなければこれは俺の耳に入らず、あまりにも急だったので俺自身が赴くことになった……」

 その話し方は、まるで失敗した部下を上司が咎めるようであった。

「ど、どういうことだ蓬莱?」

 話について行けていないのは、斿倭だけ。

「この尻拭いをしてもらおうか、ホウライ。ソイツをやれ。それでこの件は不問にしてやる」

 ソイツとは、言うまでもなく斿倭のことだ。そしてやることは一つ。ディストピアは蓬莱にヘビを一匹投げた。これを適当な伝説上の生き物に変えて、斿倭の動きを封じること。

「おい蓬莱! お前、コイツのこと知っているのか!」
「フン、どうやら何もわかっていないらしいなお前は。そしてホウライ、お前も幼いことをしているわけだ」
「どういう意味だ!」

 教えてやる、と前置きしてから、

「ホウライは俺たち、『黒の理想郷』の仲間だ。つまりは初めからお前らの味方じゃない。俺が、あの高校に送り込んだスパイというわけだ。小鬼蓬莱という名前も書類上の偽名に過ぎない」

 衝撃的な内容。耳に入った瞬間、

「な、何だと! そんな出まかせ信じられるか!」

 斿倭は大声で叫んだ。

「嘘かどうかは、お前にとっては大した問題ではない。だがホウライ、お前は作戦のためとは言え、こんなヤツと仲良くしていたとはな、驚きだ」
「て、てめえ! さっきから勝手な出鱈目を!」
「まだ理解に至れていないのか?」

 そんな斿倭にトドメを刺すべく、ディストピアは言う。

「何も疑問に思わないのか? ホウライが神通力を見せないことや、『夜空の黄道』に詳しいこと。しかしそれらは俺たち『黒の理想郷』の仲間と考えれば一発で腑に落ちる」

 そこまで言われれば斿倭も少しずつ理解できる。蓬莱の方に振り向いて、

「本当なのか、蓬莱……?」

 心配そうな声を漏らした。

「私は、私は……」

 動揺してか、そんなことしか呟けない蓬莱。そんな彼にディストピアは、

「忠誠心を見せろ、ホウライ! お前の仲間は俺たちだ。ソイツは敵だ。何を迷っている? やるべきことはただ一つ……『黒の理想郷』の思い描く世界を実現するだけのこと! さあ、俺に見せろ! お前の忠誠心を!」

 ディストピアの声も思いも、痛いほど蓬莱にはわかる。

(どうすればいいのだ? 私は『黒の理想郷』の一員だ。でも、斿倭を裏切ることもしたくない! だがここでディストピアを敵に回したら、確実に死人が出る! どうすれば、どうすれば……)

 完全に困惑している彼に対し、斿倭は何と、

「蓬莱、やっていいぜ」

 と言った。

「どういう……?」
「俺はお前を信じてる。でもここは、アイツの言うことがきっと正しいんだ。ならばそれに従うべきだぜ」

 増々脳細胞がこんがらがりそうになる蓬莱。

「どうした? 速くしろ!」

 ディストピアも急かしてくる。

「俺はお前を信じてる。だからお前も俺を信じてくれ!」

 斿倭はそう言った。

「くっ………!」

 そして蓬莱は、行動に出る。


 ディストピアに投げ渡されたヘビをコカトリスに変え、そしてそれで斿倭のことを石化してしまったのだ。
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