その⑥

文字数 2,079文字

 しかし、この時のオフィユカスの攻撃は勝利には届かなかった。

「えっ……」

 思わず、声が出てしまった。

「そっちだね、オフィユカス!」

 何と、放ったヘビもクモも、牙を突き立てる前に消されたのである。

「な、何で……? 目で見えていないと、使えないはずでは…?」
「そうは言ってないよ。でも、通常そういう条件がある。よくそこまで察せたね」
「なら、なおさら…」

 ここで、オフィユカスを絶望の淵に突き落とす言葉が放たれる。

「でも、それは言い換えれば……相手の場所さえわかれば神通力は使えるってことだ。僕の体に触れた瞬間、そこにいることがわかるんだよ」

 これは、アルカディアが常田を殺めた時と同じだ。体に触れた瞬間、相手の場所を知ることになるのだ。牙の先端が皮膚の産毛にぶつかった時、アルカディアは神通力を使ったのだ。ただ、どんなものが迫ってきているかは不明だったので、結構なエネルギーを浪費してしまってはいる。けれどもそれは大した問題ではない。今の攻撃が成立しなかったために、オフィユカスには追撃する意思がすぐに芽生えなかったからだ。

「もう終わりだ、オフィユカス!」

 振り向くと同時に、オフィユカスの周りの植物が次々と消えていく。あっという間に丸裸にされた。

「いいえ、まだです」

 しかしこんな絶望的な状況でも、決して諦めないオフィユカスの姿がそこにある。

「私が斿倭から学んだことは、神通力の存在意義を考えることだけではありません」

 それは、最後まで決して諦めないことである。

(諦めなければ、道を開くことができる。それは勝利に繋がる道筋。ヘビが通った後のような一筋の、道)

 具体的な攻撃手段があるわけではない。だが、オフィユカスの心はまだ折れていない。その証拠に、瞬時にジョロウグモを育てて前方にクモの巣を張らせ、そして同時にリンカルスも大人にして、毒を吐かせる。吐き出された毒は細かなクモの巣の小さな割れ目を通ってアルカディアに迫る。

「追い詰められているようだね」

 だが、吐き出された毒にすら、アルカディアの神通力は有効。それは飛び道具の類も全く効かないことを意味している。
 次にクモの巣を消し去った。

「おや?」

 そこにオフィユカスの姿はない。既にワシを成長させて自身を掴ませ、空へ羽ばたいた後である。

「いいじゃないか。でもね、諦めないという志しだけでは、物事は解決できないんだ。実際には解法というカギがなければ、何度チャレンジしても話にならない!」

 アルカディアは上を向いた。結構な上空をオフィユカスが飛んでいるが、十分神通力の射程圏内である。

「終わりだ…。僕の神通力は無敵……抵抗する手段がないから! 最終的に、敵は無くなる。僕の戦いは、常にそういう結果!」

 エネルギーを消費しようとした。が、突然地面にドシンという振動が走り、足を伝って来た。

「何だ…?」

 それは、潤一郎が生み出したマンモスだった。

「させるか、アルカディア!」

 この時、願平は未来を見ていた。オフィユカスの姿が消される予知だったのだ。

「その未来……変えてみせる!」

 ここでも禁忌を犯し、願平と潤一郎は行動に出た。

「い、いけません……」

 オフィユカスはすぐに降下を開始し、地面に着地した。

「………考え方を変えよう。死をもってして強引に心を折るってこともできなくはないけどね。それだと通常、面白くない」

 視線は上から下へ。潤一郎と願平を捉えた。

「や、やめてくだ……」

 まずは願平の番だ。アルカディアに飛びかかろうとした彼の体は、音を出すこともなく蒸発した。

「うおおおおおああああああああああ!」

 マンモスや同時に生み出したサーベルタイガーと共に、潤一郎が駆け出す。だがどれも届かない。

「潤一郎、ダメです。離れてくだ……」

 オフィユカスの声は、間に合わなかった。潤一郎の姿も消えた。手を差し伸べていたのだが、その先には誰もいない。そして潤一郎が消えたことで、マンモスもサーベルタイガーも元の小動物に戻る。いや、完全に元に戻る前にアルカディアが消した。

「ああ、あああ………」

 この時オフィユカスの心は、完全に割れた。

 守るべき仲間を、守れなかった。もう誰も『黒の理想郷』に傷つけさせないと誓ったのに。

「あなたは言っていた。神通力は誰かを守るための力だって。でも、その誰かはどこに?」

 ただ、彼女の足は崩れ跪いた。同時に流れ出た涙が、校庭の砂を湿らせた。

「そ、そんな……。私は、何のために…………」

 無防備なオフィユカスを前にして、アルカディアは神通力を中々使おうとしない。それもそのはず、彼の目的は彼女の心をへし折ることだからだ。上手い具合に折れ、音が聞こえた気がした。

 オフィユカスは涙を拭うと、アルカディアの方を向いて、

「もう、終わり……です。殺してください………」

 絶望から生まれた懇願を、した。
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